odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

神野直彦「人間回復の経済学」(岩波新書)

 2002年の出版。

 失われた20年(当時は10年か)を取り戻すために「構造改革」というけれど、新自由主義の改革では競争が激しくなってみんな疲弊し少数の勝者以外は敗者になって格差が拡大するよ、ケインズ主義の社会民主主義は重化学工業の経済成長右肩上がりを前提にしたモデルだから低成長ないしマイナス成長の「現在」には適応しないよ(むしろ財政を悪化させるよ)、そのおおもとになっているのはテイラー主義で労働を工程に分けて単純作業を繰り返すことによって生産性が上がるという主張にあるのだが、それは生存の欲求が満たされるまでは成り立つけど、意味を欲望する成長した資本主義国家の人間には適合しないよ、むしろ労働意欲を疎外して生産性をさげるよ、だから、別の道を探しましょう、という主張。ここまでの分析はどうも観念的というか、現実の分析がないためというか、筆者の主張する人間回復の「人間」て何に答えが書かれていないというか、どうにもあやふやな主張。まあだいたい当たっているのかなあという感想。
 ただ、そのあとにスウェーデンの政策を紹介していて、それが国家の役割を小さくするやり方で、とても印象的。国家の役割を小さくするといっても、新自由主義のように国家や自治体のサービスを民営化するとか、福祉を削減するとか、そういうものではない。そうやって国民を困窮させるようなものではない。シンプルにまとめてしまうと(たぶんいろいろ重要なことが漏れるはず)、
・産業構造を知識集約型にしましょう。端的にはIT事業を主要産業にしよう。
・そのときには国民が知的創造力を発揮することが大事でそのためには教育が一番。
・教育の内容と運用は、市区町村のコミュニティにまかせる。ほぼ中等教育までを義務教育化し、無償にする。
・就業したり、いったん卒業した後にも教育を受ける機会を用意する。そこでも無償。
・失業保険は国家が運用するのではなく、労働組合が運用。なので、就業訓練と就職斡旋まで面倒を見る。
・国民には非営利組織に入ることを推奨。非営利組織が福祉、介護、その他の公共サービスの担い手になる。
・産業開発の主体は市区町村ないしもう少し大きな地方。工場の誘致なんかしないで、人材を集め、伝統を生かすことによって企業を誘致し、新規事業を起業させる。
・教育、失業、介護などのセイフティネットの仕組みと組織がしっかりしているので、税金の高い負担も国民は無問題。
・国家はこれらの自治体や組合や非営利組織の行う公共サービスの財政支援を行う。中身には口を出さない(みたいだ。まあ監査はすると思う)。
 ああ、こうやってまとめると、全然つまらないものになってしまう。
 この国だと、「官」と「民」しかなくて、それ以外の組織が人間の生活に関与することはないようにおもってしまう。でも、ここで紹介された事例だと、労働組合、協同組合、生活組合、NPOなど、官と民の間にあり、コミュニティや地縁とも異なるチームというかグループがあることに気付く。一応念のために言うと、この国にある同じ名前の組織と混同しないように。ああいう政治グループと表裏一体のものとは異なる。そこに参加する人を増やして、非経済活動を活発にしましょう、という政策。官や民が上から落としてくる政策や事業に乗っかるのではなく、生きている場からアイデアを出して組織化してください、それに税金を投入しますよというイメージでいいかな。
 帯にある本書の主張はまったく無視していよい。そうでなくて、国家なき社会が具体的なイメージで描かれていることに注目。