odd_hatchの読書ノート

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司馬遼太郎「空海の風景 上」(中公文庫)

 思想家としてみると、ほとんど唯一世界的なところに立つことのできる巨人。華麗な漢文を書かせると唐人を驚かせ、書を書かせると本邦最大の達人。治水工事の技術者、巨大プロジェクトのリーダー、組織の執行者、当代最高の呪術者。これだけのことを一身に背負うことのできる人がいるということにわれわれは当惑する。いったいどういう人、いや人と呼べるのか。そんな戸惑いを著者は持っている。
 内容は渡辺照宏/宮坂宥勝「沙門空海」から逸脱しない(当然か)。こちらはあくまで小説なので、学術的な厳密さに堪えないので、あわせて読んでおいたほうがよい。
 上巻では、遣唐使として唐にわたり、恵果に出会うまで。なかなか史実から逸脱できないうえに、巨大すぎる人物を掴み取ることが不可能だったということで、周辺事項を見ていく。それが空海のいた「風景」ということになり、そこには桓武天皇のの執行する政治(天皇自身が政治を執行したというほぼ唯一の例。彼の失敗以降、天皇が政治権力を持つことはほぼなくなった)があり、律令制の完成しかけた姿があり、没落と新興貴族の相克があり、神道から仏教への知的好奇心の移動があり。という具合に、古代が中世に移行していく過渡期であって、その変動において巨大さを発揮したのだという認識があるのだろう。いくつかの空海のポイント。
・讃岐佐伯氏の一員として生を受ける。親族に天皇制の中心に近いところにいる政治家・貴族を持っている。
・幼少から天才を発揮したらしく、一族の期待を受けて16歳に大学に入学。ここで明経道を研究。つまりは儒教の研究を行って律令体制化の官僚になることを期待される。
・しかし、18歳で突然退学。その際に「三教指帰」なる書物を作成(当然漢文)。神道儒教、仏教を比較し、仏教が優位であることを戯曲形式で論証する。なお、この間の勉学中に唐の発音を完璧にする(渡来人に習ったわけではないらしい。当然、録音再生機器もない)
・20代は雑密の修行に明け暮れる(土佐室戸岬、奈良など数箇所にわたる)。
・31歳のとき、ひさびさの遣唐使が送られることを聞きつけ、その随員になる。そのときには阿刀大足に自分を売り込み、さらには佐伯今毛人に取り入るという政治力を発揮。しかも、彼の一党から餞別と称して巨額な寄付金を集めることに成功するという起業家の力を発揮。
・入唐の際には、さまざまなトラブルがあったが、彼の文章力および通訳によって、全員を救うことに成功。
・唐で最大の密教修行者からはわずか一年ですべてを学びとる。同時に、豊富な資金を密教の書物、道具の購入にあてる。それを帰参することにより、競争者から圧倒的な優位を得ることができる。
 気を見るに敏なり、生き馬の目を抜く、などなどの才知の人を形容する慣用句がいくつも当てはまる人。起業や経営を目指す人は、この人の生涯をしっておいてもいいんじゃないかな。
 あと、空海の思想は荒俣宏「神秘学マニア」「日本仰天起源」「本朝幻想文学縁起」のいずれかとか、中沢新一のなにか(あてはまるタイトルがわからない)にあるので、こちらを読むのが理解のショートカットになる。若い時の「三教指帰」の生意気ぶりとか、後年の文字と色に関する議論とかはおもしろそう。ただ漢文の原文を読みこなす力はないので、だれかの翻訳と解説がないと歯が立たない。