odd_hatchの読書ノート

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堀田善衛「スペイン断章〈上〉歴史の感興 」(岩波新書)

 18世紀から19世紀の画家ゴヤの評伝を書くという途方もない計画に取り掛かり、めったに公開されない自筆画を見ることを目的のひとつにスペインに移住する。そして奥さんの運転する自動車に乗って、スペイン各地を移動し、見物し、本を読み、歴史をひもとく。そうして得た認識を一つの作品にまとめるのであるが、この作家は一工夫する。通常その種の勉強は歴史の時間継起のままに書くのであろう。そうすると教科書のような味気ないものになる。では自分の見聞の順番通りに書こうか。そうすると、「私が」「私を」「私に」「私の」というのがえんえんと続く興もなにもおきないつまらないものになる。作家はそうしないで、スペインの都市や村や町にいく。そしてそこに堆積する歴史の厚みに圧倒される。
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 いったいこの作家は、驚く、茫然自失することの大家であって、自分にはとらえきれない圧倒的な事物やことば、ことに歴史を前にすると、「ふへえ」と息をはくと、しばらくはそのまま口を開けたままにするのだ。たとえば、

「そのわけのわからぬものに接しての、これもわけのわからぬ、多少は気味のわるいような感動がこころよかったのである。(P25)」

「気が遠くなりかけるのであるが、私はナンデモナイ、ナンデモナイ、ソレガ当り前ノコトナノダ、と自分に言い聞かせつづける。(P162)」

「西暦六六一年……!/私はまたまた唖然となる。ローマ時代だとか、西コート族時代などとやや漠然とした歴史上の時代呼称ならばともかくも、六六一年などとはっきり刻まれると、当方は困惑して後ずさりをしたくなるのである。(P196)」

などの驚き方は、凡人にはとうていできそうにもないほどで、まして言葉に定着することなど無理筋なのだ。それをこのように誰にでもわかるような文章にできた、というだけで、この作家はとても大事な、繰り返し読むべきであると自分に言い聞かせるような人になるのである。
 さて、「スペインは、語るに難い国である」。というのは別の本の書き出しであったか(「ゴヤ」第1巻朝日文庫)。この地域が歴史に出てくるのは、「ヨーロッパ」の中ではずいぶんと遅れてからであって、まずはローマに占領されて、彼らの技術によってさまざまな土木工事が行われたことによる。その例が上に引用したものであって、1300年前のものがいまだに保存され、使用に耐え、人々が日常的に使用しているのである(しかもそれは歴史の節目で破壊され修復されるという人間のあつかましさと、勤勉さの両方の指標にもなっている)。そのあと、不器用な西ゴート族がやってきて、アフリカからモーロ人やイスラム人が占拠し、レコンキスタの掛け声で追い出したあと、新大陸の富が流入しても一向に蓄財にまわされず、あっという間に貧困になり、かといって勤勉さをは無縁の人々は鎖国ののちに、ナポレオンに略奪され、ファシズムとボリシェヴィズムの抗争にあって軍事政権に移行するという歴史を持つにいたる。ここでは、国家とか民族とかの連続性はなく、複数の宗教と民族が入れ替わりに政権を持ち、抗争や内乱をして、市民の虐殺があり、他国民のホロコーストなどを行ってきたのであった。せいぜいのところ、スペイン語カソリックが統一しているといえるが、それは歴史の中ではごく最近のことに過ぎない。かように、この国はナショナル・アイデンティティには事欠きながら、そこにある「もの」には歴史が重層し、ほんのわずかでも掘ると生々しい歴史が顔をのぞかせる。

「足を置く、つまりそこに立つということ以外に、『歴史』に対して人が直接に為し得ることは、誰にしても、何もないのである。(P129)」

「創り、維持し、ぶつ壊す……。/創り、維持し、やがてぶつ壊す……、ぶつ壊したものを修復し、維持し、保存する……。人間のすることはこれだけか、と思われて来ることがある。(P116)」

というような認識にむかい、それはこの国の「無常観」「諦念」とは別の、もっと力強く、積極的に関与するような引っかかり方を歴史にもつのだろう。作家が他の本でも、なんども引用する「われは人間なれば、すべて人間的なるもの、われに無縁ならず。(テレンティウスの『アンドロスの女』)」が思い出されるのだ。
 とりわけ強烈な印象を起こすのは、カスティーリアの女王の称号をもったまま二十八歳のときから四十六年間も幽閉されていたフアナ・ラ・ロカ(1479-1555)とその息子で新大陸の富をヨーロッパにばらまいた神聖ローマ皇帝カール5世またはスペイン王カルロス1世(1500-1558)。この途方もない家族の肖像。
 1977年に雑誌連載ののち、1978年に岩波新書に収録。注意するのは、この本には書かれていない歴史もあって、それはフランコ軍事政権の記憶。1975年にフランコ死去の報があったとき、人々はバーで祝杯をあげたとあるが、口にするのはまだ難しい時期であった。ようやく人々が語るようになり、作家が書き留めるようになるまでさらに数年を経なければならない(「スペイン断章〈下〉情熱の行方」で語られる)。

  


参考エントリー:
2015/03/06 堀田善衛「スペイン断章〈下〉情熱の行方」(岩波新書) 1982
2015/02/26 堀田善衛「バルセローナにて」(集英社文庫) 1989年