1945年から1952年までこの国はアメリカに占領されていた。外国の軍隊が駐留し、軍票が通貨として使えるところがあった(ドルの持ち込み制限があり、兵士は買い物にドルを使うことが難しかった)。この国の人々の活動が制限されることがあり、公職から追放された公務員や共産党員らがいた。第一回の総選挙は占領軍隊ほかの監視があり、新たな政党は363になったといわれ、投票率は70%を超えた。女性が選挙権と被選挙権をもち、最初の女性代議士が誕生した。駐留する軍人にはもちろんたちの悪い人もいて、強盗や強姦ほかの犯罪が発生した。アメリカでは戦争中からこの国の文化研究、語学研究がはじめられ、1943年ころから戦争後の統治政策が研究されていた。それに関与していた人がこの国にきて、占領軍といっしょに仕事をした。なかには、除隊後もこの国に残ってビジネスを始めた人もいる。
かの国では、機密書類であっても一定期間を過ぎると公開する決まりになっていて、1968年から少しずつ当時の文書が公開されるようになった。当時の週刊新潮は、この文書を読むとともに、駐留軍の中で、あるいは占領軍といっしょに仕事をした人にインタビューし、占領軍からみたこの国の占領をレポートした。それをまとめたのが、この本。初出は1970年。新潮文庫に収録されたのは1983年。占領軍、統治の当事者からみたこの国という視点が新鮮。そこには、この国への憎悪もあるし、興味もあるし、差別もあるし、物珍しさの観光気分もあるし、いろいろな感情や動機がある。また、占領される側の描写も新鮮。当地の当事者からみるので、積極的に「ガイジン」と交流しようというものをみているわけでが、なるほどみなバイタリティがある。とりわけオンリーさんやパンパンになった女性たちが生き生きとしているな。面白かったのは、当時の若い女性が性に飢えていて、ときに禁欲的なアメリカのピューリタンを辟易とさせたり、若いうぶな軍人を籠絡して犯罪に巻き込ませたり。
占領軍の統治政策が必ずしも一枚岩であるわけではなく、陸軍と海軍と政府でそれぞれ思惑が異なったり、若手の経済人と反共政策をとりたい政府人とで衝突があったりする。それに加えて、ソ連、英国、中国、オーストラリアなどが政策に口を出したり、アメリカの代議士や企業人は観光気分で視察にきては占領軍を悩ませるしで、忙しいこと。この国の人の中には占領軍から情報を引き出したいとか、職にありつきたいとか、たんに箔をつけたいとか、さまざな思惑で占領軍に出入りしている。まあ、人間くさいできごとがあったわけだ。その中では戦争協力者としてアメリカで裁判を受けた日系2世(たまたま1941年12月8日に訪日していて帰国できなかった)の人生が痛々しい。この人はたまたま帰国船に乗れなかっただけで、どちらの国からも排除され、戦勝国の犠牲の山羊にされてしまったのだった。
こんな具合であっても、さまざまな問題を残したけど、全体としてはうまくいったのではないかな。占領軍への反抗はなかったようだし(個人や小集団のサボタージュはあったろうけど)、内戦や内乱はなく民主化は進んだし、国民参加の選挙は成功したし、民主憲法を作成できたし、復興も紆余曲折あったにしても進んでいたし。個々にはいろいろあったにしても、この占領統治の評価は単独で見てもだめで、では同時代のこの国がほかの国を占領統治したときの施策と比較するべきではないか。この国の占領統治は、アメリカの行ったような成功を収めたか、占領地の人たちに歓迎されたのか、占領をやめたあとに統治政策は維持されたか、あたりの視点で比較するのがよい。ほかにも比較するできるのは、同時代のアメリカがフィリピンや韓国で行った統治、フランスがベトナムやアルジェリアで行った統治、ソ連が東欧諸国に行った統治など。
(ただし、朝鮮戦争と冷戦のために、戦争犯罪の追及が中途半端になり、戦中の政治家、官僚、軍人たちを追放後再雇用したのは、大問題。21世紀の右傾化やファシズム化はここに起因している。)
上巻では、昭和20-21年の出来事が書かれる。最初の駐留、天皇をめぐるさまざまな出来事(人間宣言や地方巡幸など)、初期のケインズ政策、占領下の風俗など。