odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

小田実「天下大乱を行く」(集英社文庫)

 もとは週刊プレイボーイの1979年7月から9月にかけて連載されたレポート。その直前にアラブ世界を旅していて、その時の記録と人々との会話がのっている。

 背景にあるのは、第4次中東戦争の和平とイランの革命と「石油ショック」。このレポートの旅を見ながら、著者のみた問題をまとめてみよう。注意するのは、このレポートは1978年当時なので、当然現在とは異なる。
・ヨルダン: 中東戦争の戦場。著者は戦士たちを行動を共にしていて、ときにイスラエル軍のミサイル攻撃にあう。深夜の爆撃音。そこに著者は大阪大空襲の記憶を重ねる。戦士には、生まれながらの難民キャンプ育ちもいれば、周辺諸国(時にアメリカ)の学生たちもいる。
アラブ首長国連邦: 産油国の経済発展。そこには、インド、イランほかの周辺諸国からの出稼ぎ者が集まる。これは産油国が欧米資本や欧米諸国の言いなりになっていて、エネルギー源である石油を不当な安さにたたかれているのを、産油国が結集して価格の決定権を自分らがもてるようにした。その結果、富が産油国に集まる。それを使って工業化、近代化を進める。その現場に周辺の非産油国の労働者が集まる。疑問になるのは、産油国が身の丈以上の建物他をつくっているのではないか、非産油国との経済格差がひろがっているのではないか。第三世界からさらに第四、第五世界が生まれるのではないか。
・エジプト: ナセルが大統領になり、汎アラブ主義を主張して先進諸国と対峙するようになったとき、「アラブ世界」ができたと著者は考える。それまでは、イスラム教を持つ国々という共通点以外はなかったのだが、ここからモロッコからパキスタンまでの広がりを持つ「アラブ世界」という理念が生まれたと考える。だが、中東戦争イスラエルに負け、単独で和平交渉に入ると周辺国の失望を招いた。その結果、「アラブ世界」の主導国の地位から降り、それに代わる国がないままになっている。
・イラン: 直前のイスラム革命。それまではアメリカの支援を受けた国王とその政府が人々の民主化要求を弾圧してきた。それが民衆の立ち上がりによって、打倒されイスラム的な解放が行われるようになった。著者が見たのは、マルクス主義の用語を使って、国の行く末や未来を構想する人々のおしゃべり。彼がよく問われたのは「ジャパン・イズ・セカンド・ビッゲスト・インペリアリズム(帝国主義国)」ということ。この国の人々が自覚していなくても、この国のふるまい(政府から商社からサラリーマンや漁業員まで)はイランからすると「帝国主義的」(な搾取と支配)をしているとみなされるということ。
・アラブの人々にとって、この国は工業製品とプラント建設くらいでしかしらない。逆にこの国の人々はアラブ世界を石油と砂漠と誇張されたイスラム風俗でしか知らない。
 巻末には、PLOパレスチナ解放機構)議長ヤシール・アラファトPLO駐日代表アブドル・ハミードとの対話が収録。
 中国では毛沢東が死去、四人組が逮捕。ベトナム鎖国状態で情報がわからない。東欧もどうように情報のない状態。中南米は軍事政権が民衆を弾圧。国内では社会変革の運動がほぼ壊滅。そういう時代において、著者はアラブ世界の変革を見ようとする。巻末の対談相手や旅の最中であったひとたち(どうしてもインテリがおおくなる)は民主主義や市民的自由の確立を目指していた。そこは著者の希望と一致する。
「私の見取り図の基本――人間が対等、平等に生きる。そのかぎりで、自由に生きる。独立して生きる。人間どうしもそうなら、人間のあつまりである国家どうしについても同じことだ(P213)」
 ここが彼のスタートで、目標。
 ただ、アラブ世界は著者や本に登場する人々の要求するようにはならなかった。民主主義や市民的自由は実現されず、マイノリティの権利侵害が当たり前になってしまった。新たな独裁者が生まれ、軍事危機をあおり、抑圧を起こした。難民が生まれ放置される。アメリカその他の国の介入は反感とテロを生み、危機を解消できない。ときに民衆による政治変革が実現しても、新たな政権を受け入れる組織や集団が在野にないために、唯一の規律ある組織の軍隊が政治を執行しようとする。
 この本の最終章にある希望が書かれて30年を経て、まだ問題解決に遠い状況に暗然とする。