odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

村田数之亮/衣笠茂「世界の歴史04 ギリシア」(河出文庫) ギリシャは帝国と帝国の<間>を取り持つことによって独立と自治が成立し、都市国家間の牽制と同盟が民主制が維持できた。

 ギリシャが世界史に登場するのは、紀元前3000年ころから紀元前200年くらいまで。最初の1000年くらいは記録が少ないので、わからないことだらけ。最盛期は紀元前4-500年ころで、ギリシャ悲劇の黄金時代。ソクラテスプラトンアリストテレスの哲学の巨匠はギリシャが衰退し、マケドニアの属国になるくらいのころ。だいたいこのくらいの知識でよいかしら。
 通常は長らく続いた民主制に注目が集まる。奴隷制があって、民主制に参加できた市民は少ないけど、僭主や独裁者の出現を防ぐ仕組みをもっていて、市民は路上で甲論乙駁の政治談議に花を咲かせていた。ひとたび諸外国の脅威が近づくと、市民は兵士となって外憂に立ち向かった、云々。

 そのあたりの細かい議論は抜きにして(もう人名や年号やその他こまごましたことは覚えられないので)、自分の気付いたことと妄想をいくつか。
ギリシャの民主制が盛んだった時期は、ペルシャ帝国の最盛期。ほかにイスラエルの帝国があり、エジプトでも王国が最後の威勢を放っていた。そのような帝国に囲まれたところで、ギリシャ都市国家は民主制を実行する。帝国や王国は、数百万から数千万人の国民、人民が王国の生産物だけで生きていける自給自足の体制を整えることができた。多くの国民、人民を有していて、そのためか王制、君主制になる。ここらへんはルソー「社会契約論」の議論を補完するような例になっている。一方、ギリシャは起伏の多い山岳地帯と狭い平野で、海に開けた狭い場所に人口が集中。数千人から数万人が居住するのがせいぜいで、国内の生産物だけでは自給自足できない。そのために、帝国間の交易、貿易を担当する。当時の技術だと、外洋航海が不可能で、島伝いの航海がほとんどであったとするとき、ギリシャの島や湾は重要な拠点になる。ギリシャは帝国と帝国の<間>を取り持つことによって、独立と自治が成立していた。そのうえ、商業が中心産業であり、同じような体制の都市が数百もあり、一つが突出することを危機とみなして、都市国家間には牽制と同盟があった。それらの条件で民主制が成立できたのだと思う。これは、13−16世紀のイタリアの都市や16世紀の堺が自治と民主制を実現したことと軌を一にしていると思う。
・そのような民主制ではあるが、今の視点からすると制約もある。奴隷制があるとか外国人や女性の参政権がないとか、いろいろ。それらを総合すると、ギリシャの民主主義は、内には民主制、外には帝国主義とまとめられる。彼らの外交は民主主義的、共和的とはいえない。国家間で敵対するようになれば戦争をいとわないし、勝利すると敗戦国の市民を奴隷にするのを躊躇しない。
(あとギリシャの民主制の特異なところとして、くじ引きがある。これを公平とみなすというのだが、さてどうだろう。ギリシャの人々はくじに神意が宿っているとみなしていたので、くじにあたることは神によって選ばれたことであり、それだけで当選者の権力とか権威をもたらすものであったのではないかな。現在のわれわれが持つような偶然や確率の考えとか、公平性の担保とかとは違うような気がする。現代のわれわれがくじ引きを実行するには、その思想やルールを合意するという面倒な手続きが必要。)
ペルシャという強力な敵があることが、都市国家内部の民主制と、都市国家間の同盟・協調が成立した条件。この前提である敵が弱体化したとき、民主と協和を継続することはできず、都市国家間で覇権争い、内戦が起きるようになる。対ペルシャで協調していた時は、民主制で、故に革新的なアテネが優勢であったが、敵が弱体化すると軍国主義的なスパルタが優位になる。スパルタの国家社会主義的な仕組みが貴族制や軍政と調和的。その現状維持の保守主義が多くの都市国家の共感を呼ぶ。まあ、貿易の利益を保護するために、保守的な制度を望んだわけだろう。ここら辺の事情はガルブレイス「満足の文化」で描かれた20世紀の満足する人々の政治意識によく似ていると思う。
マケドニアアレクサンドロス大王の遠征は、アシュメール・アッシリア・エジプト・ヒッタイトフェニキアペルシャイスラエルなどの古代帝国をいっきになくしてしまった。まあ、巨大なインパクトが地中海沿岸から中近東を襲ったわけだ。そのあとではギリシャは再興することも可能だった気がするが、たぶんそのころには航海技術が進み、より大きな船を建造して、遠距離航海ができるようになっていた。貿易や交易拠点としてのギリシャという場所の価値がなくなった。、新たな物流と情報の集約拠点になったのはローマ。高い技術と生産力をもっていて、容易に攻め込まれない遠隔地であったのが幸いした。ビザンツの旧帝国は資源枯渇となり、ギリシャは技術の進化に乗り遅れている。そんなふうに、世界の中心であったところがどんどんすたれ、新たな中心は周辺に移動する。

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 この次のローマ時代はすでにエントリーがあるので、そちらを参照されたい。
2015/01/15 弓削達「世界の歴史05 ローマ帝国とキリスト教」(河出文庫)