珍しい職業の探偵。ここで登場するのは「ホペイロ(ポルトガル語とのこと)」。自分はたまたまTV番組で知っていたが、多くの人にはなじみのない職業だろう。プロサッカーチームで、スパイクのメンテを担当する人だ。練習や試合で激しい運動をするので、スパイクは痛みやすい。清掃やメンテを選手が担当すると、コンディションに差がでてくるし、練習がおろそかになるので、専門家が一手に引き受ける。簡単そうといいながら、選手は数十人いるし、試合の翌朝には清掃とメンテが終わっていないといけない。それをホームとビジターで行い、ときにはホテルで作業する。空いた時間には練習を補佐したり、事務や営業に駆り出されたりと忙しい。スパイクのメンテはできて当たり前で、トラブルが起きれば選手や監督・コーチから叱責されるしで、ほんと楽な職業はないよ。

舞台はJFLリーグ(J1、J2の下部リーグ)に所属する相模原市のチーム。地元の中堅企業がスポンサーなので、大きな予算をもっているわけではない。なのでホペイロはたったひとり。直属上司は広報で、様々な雑用はなぜか彼のところにまわってくる。ときには事件になりかねないトラブルも降りかかる。
カンガルーの右足 ・・・ なぜエースストライカーは毎週シューズを新品にするようにしたのか。その選手が愛用しているシューズはカンガルーの革製。
ヤム芋ストライカー ・・・ チームのアフリカ系ナイジェリア人選手が警察に逮捕された。大学の農園を荒らした容疑だ(ナイジェリアで主食になっているヤム芋の生育を見ていたのが誤解された)。地元出身の農学部教授に談判に行くが、けんもほろろ。なんで畑は掘り返されたのか。
迷惑フラッグ ・・・ チームの有名サポーターが振っているフラッグが盗まれてしまった。それも練習場の一角にフラッグを付けた直後。それに洗濯物が適当にたたまれていたりする。
忘れ物リング ・・・ 佐世保の試合の後、ユニフォームから指輪が出てきた。とても珍しいもの。誰が持ち主か、問い合わせても、誰も名乗りを上げない。
盗まれポスター ・・・ ある選手の写真を使ったポスターを相模原市内にはったら、ある一角だけで連続盗難にあった。ポスターを盗むような層には人気がなさそうなのに。
行方不明ベア ・・・ J2リーグに昇格できるかもしれない大事な試合が間近にせまっている。監督はゲン担ぎを選手、スタッフに命じていたが、もっとも重要なクマのぬいぐるみが盗まれてしまった。出入りのなかった監督室なのに。それよりなぜ監督(50代男性)はクマのぬいぐるみに執着していたのか。
プロ野球であれば現役選手が探偵になったり、球団がそっくり盗まれたりするものだが、発足してから15年目ころ(本書初出は2009年)の地方サッカーチームであっては、殺人も誘拐も脅迫もおこらない。ほとんどのできごとでは警察が介入するような事件性はまずない。おそらく読者の物理現実では問題にされない出来事が、この小説世界では他人が事態に介入し、「真相」を暴く欲望と動機が生まれてくる重大事になるのだ。それは、チームの中の人間関係がとても濃厚で、他人がどういう人であるのかを良く知っているから。大崎梢「平台がおまちかね」(創元推理文庫)の感想にも書いたように、俺はこういう人間関係がうっとうしいので、このホペイロのようにスパイク掃除の自分の専門以外のことで他人と関係を持つのはいやだなあ。
それを我慢すれば、小ネタや伏線の回収はしっかりしていて、良質の探偵小説を読んでいる気分になる。関係のなさそうなできごとが解決の重要な手掛かりになっている構成はみごと。とくに「ヤム芋ストライカー」と「盗まれポスター」。
多くの「事件」では関係者の感情や気分を解読するのが謎ときになっている。これはとても「日本的」なありかた。それこそ和歌を探偵小説化すると本書になるのではないかと思うくらい。心情の細やかな観察はそれこそ1000年以上の歴史があり、その表現を今に継承しているのが本書のような「日常の謎」探偵小説ではないかしら。
そのかわり、チームとそのステークホルダーの内部に問題が限定されていて、とても狭い共同体の話しかないのが不満。形而上学の難問等への広がりがないので、とても軽薄にみえるのだ。社会への視線も不十分だ。「ヤム芋ストライカー」ではナイジェリア出身のアフリカ系選手が日本人の偏見や誤解で犯罪者にみなされそうになるのだが、この問題をあっさりと流している。この日本語が不得意なアフリカ系の人が、外見は陽気で気さくというステロタイプで書かれている。それに、年上の女性上司が高圧的で口と人使いが悪く、年下のボランティア女子大生が気さくで気が利き仕事好きでしかし男性視線に鈍感であるとされる。これらの女性キャラもステロタイプだ。このあたりの書き方にけっこうげんなりする。そのあたりがいかにも「日本」だなあ、と嘆息する。
(同時代のドイツのエンタメには移民・難民問題、戦争責任問題がでてくる。)
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