odd_hatchの読書ノート

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ヘレン・マクロイ「幽霊の2/3」(創元推理文庫)

 人前に出ないことで有名な人気作家エイモス・コットルの作品が賞をとったとかで、出版社とエージェントがパーティを開くことになった。出版社とエージェントは通常ではありえない取り分のフィーを配分されることになっていたとか、絶賛する批評家と厳しく批判する批評家が同席するとか、別居中の妻(売れないハリウッド女優で仕事にあぶれている)がよりを戻そうとしたがっているとか波乱の予感。アルコール中毒だったのを克服してきた作家ではあるが、女優との再会でウィスキーを飲んだのがまずかった。泥酔状態でなにかしでかそうだったので、「幽霊の2/3」というゲームをすることになる。クイズを出して一回間違えるごとに幽霊の1/3、2/3となり、3回間違うと失格になる。エイモスがクイズの質問に答えられなかったのが3回になった時、ゆっくりと倒れた。青酸化合物を飲まされたので。

 普通のミステリーだと居合わせた名探偵が関係者を訊問するものだが、この小説では一切そんな描写がない。物証やてがかりを見つけようとする捜査もかかれない。そういう点では、ミステリーの定石を逸脱。代わりにあるのが、関係者たちの日常。それもおもに女性の視点にあって、朝子供を学校に行かせるまでのどたばたや、つまらないパーティに同伴されて夫に愚痴をこぼすことや、豪華なホテルにひとりで泊まってむなしく時間をつぶしているとか。こういう風景は、シリアスなノヴェルにはなかなか書かれないもので、こういうエンターテイメント、ストーリーだから詳細に書かれる。なので戦後11年目のロンドンはこの国の年よりも早く復興して賑わいを見せているよう、しかし産業構造が変わって古い事業が没落もしているというのもわかる。
 こういう風俗小説として優れてもいるのだが、ミステリーの仕掛けもとてもすばらしい。もちろん大掛かりなトリックとか、複雑巧緻なアリバイつくりとか、犯人と探偵の追跡劇とか、逆上した人々たちの大立ち回りとか、ミステリーに期待するような仕掛けはいっさいない。小説の中ではほとんど事件はおきない。せいぜい殺された作家の別荘を探している最中、火事が起きて、作家の遺品を持ち出した直後に別荘が焼け落ちるというシーンがあるくらい。なにしろ作家の殺害シーンですらたった4ページであえなく終了。章が変わった次のページではもう日常が復活しているくらいだ。
 ではなにが仕掛けなのか、ということなのだが、これはかけない。せいぜいタイトルが複数の意味を持っていて、それが事件のメタファーになっているよ、というところまで。
 実のところ、最初の章は子だくさんの家庭の朝のどたばた、ごたごたを主婦の視点で描いているので、ページを繰るのをためらったのだったが、5章くらいで人物の紹介が終わり、全員が別荘に集まったところから俄然として面白くなった。そうなる理由は卓越した人物描写と会話の妙。奇矯で天才的な人物は登場しない(そういう被害者や探偵はでてこない)。読者の周囲にいそうな凡庸な人たち(ただ頭はよくて社会的な地位は高い)。彼らのスノッブさとかディレッタンティズムなところとか偽善的なところとか、そこらが上手く書かれている。そのうえ、小ネタのだしかたがうまい。「幽霊の2/3」ゲームの回答の様子、作家の別荘で見つけたもの、作中に引用されるエイモスの小説の批評文(賛美とけなしの2つ)、これ以外の出来事や小物がぴたぴたとあてはまってある構図を描き出す根拠になるところなど。13章の終わりに11個の問題が指摘される。この指摘は自分の読書中意識していなかったことばかりで、やられたとおもった。それもみごとに解決にいかされる。知的パズルとしても優れたできばえ。
 作家とエージェントと出版社が舞台。アメリカだと新人作家はエージェントに原稿を送って読んでもらう。エージェントから改稿の指示があって作家が直すと、エージェントは出版社と交渉する。印税の何割かはエージェントのもの。エージェントは批評眼とマーケティングのプロでなければならない。自信のないエージェントが掃除婦の無学歴のおばさんによませて「良い」といわれたものだけを出版して成功したという小説のエピソードを読んだことがあるが、誰だっけ(ジョン・アーヴィングだったかな?)。アメリカのエンターテイメント作家にはデビューするまでのエージェントへの売り込みとそのあとデビューするまでの苦労話がつきものだが、この国にはエージェントというシステムがないのでわかりにくいかも。エージェントの代わりになっているのが、出版社のコンテストや新人賞。エージェントの役割を作家と出版社が代行しているのだね。アメリカのシステムはコスト高になりそうだし、この国のシステムだと作家に権力が生まれるとか出版社の意向で決まるとかのデメリットがありそう。よく知らない世界なので、まあうまくやってください。そうしないとこの小説やクイーン「最後の一撃」クエンティン「二人の妻を持つ男」(解説だとブレイク「章の終わり」、シモンズ「ねらった椅子」も)のような殺人事件になるよ。この国だと、筒井康隆「大いなる助走」だな。
 1956年初出。この作家はただものではない。