odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

田中宏「在日外国人(新版)」(岩波新書)

 この国の戦後史を読むときに、ほぼ無視されるのが、オールドカマーと呼ばれる旧植民地出身者およびその係累に起きたこと、そしてニューカマーと呼ばれる戦後の在留外国人のこと。とりわけ前者には差別が日常であり、法も彼らを保護せず、なにしろ政府そのものが彼らを棄民するようであった。差別撤廃の運動は戦後から継続的に行われ、それに日本人も注目し、参加するようになったのは1970年代から。1980年代からさまざまな差別撤廃を法的に整備するのが国際情勢になり、きわめてゆっくりとこの国も変化してきた(とはいえ、国際的な人権意識からすると、法の整備や支援体制などで、この国は取組が遅い。西洋諸国と比較してもそうであるし、アジア諸国の中でもきわめて遅れている)。そこで、在日外国人の問題と解消に向けた取り組みを網羅する。
 初出は1991年、改定された新版は1995年。すでに20年前の記述(2016年現在)であり、その後の進展や劇的な変化(とくに在日外国人に向けたヘイトスピーチ規制に関する法制化と反対運動)は漏れている。この本は、文京洙「韓国現代史」(岩波新書)高木健一「今なぜ戦後補償か」(講談社現代新書)を補完する書として読むべき。
(追記: 2013年に第三版がでた。)


アジア人留学生との出会い  ・・・ 個人的な述懐。

在日外国人はいま ・・・ この国に国籍をもたない在留者には28種のどれかの資格が適用されて、それぞれに在留期間が定められている。戦前の朝鮮と台湾の植民地化と敗戦後の占領、1952年のサンフランシスコ講和条約によって、旧植民地出身者が人権を制限された「特別永住者」とされた。

「帝国臣民」から「外国人」へ ・・・ 日本国憲法制定時に、外国人保護条項が消え(「すべての自然人は」の規定が「すべての国民は」になり、国民=日本国籍保有者と解釈される)、特に在日コリアンは都合のいいように外国人-日本国民とされ、現在(2016年)にいたる。

指紋の押捺 ・・・ 戦前満州で行っていたらしい外国人指紋押捺制度が1951年ころに制度化される。批判、反対運動などで無くなったのは1992年。

援護から除かれた戦争犠牲者 ・・・ 15年戦争時、朝鮮人台湾人は徴用され、俘虜監視員にされた。そのためB、C級戦犯として裁かれる事例が多発(俘虜が生きているために告発されやすかった)。彼らへの補償なし。軍人恩給も日本国籍保有者に限定。(大島渚「忘れられた皇軍」1963年参照。このドキュメンタリーの主人公は1990年代にも運動を継続)

差別撤廃への挑戦  ・・・ 主として在日コリアンの就職差別、職業差別(国家資格のある職業に就けない)、入居差別などの撤廃運動が1970年代からあった。「日本の公民権運動」と呼ばれる(こと自分は知らなかった。不明を恥じる)。

「黒船」となったインドシナ難民 ・・・ ベトナム戦争終結後のベトナム難民、範囲が拡大されてインドシナ難民に定住制限があった。1980年代の運動、国際情勢などで定住許可がでる。

国際国家のかけ声のもとで ・・・ ニューカマーのさまざまな差別。ここでは留学生、就学生、日本語学校。国内の民族教育を受けた人たちへの差別。

外国人労働者と日本 ・・・ 就労の差別、雇用の差別、オーバーステイ、研修生の搾取や人権侵害など。

ともに生きる社会へ  ・・・ この国の差別は根深く、国政標準からすると相当に遅れている。法務省では人権擁護の啓発に力を入れるというがそれだけでは不足。法制化が必要。
(最後の章には、この国の差別撤廃の法令がのっている。障害者雇用促進法1960年、同和対策事業特別措置法1969年、男女雇用機会均等法1985年、ヘイトスピーチ解消法2016年。差別の問題はこれだけにとどまるわけではなく、包括的な人種差別撤廃法の制定が必要。)


 長い歴史で言うと、この国は11世紀 17世紀から鎖国になって、「外国人」と交通しない社会になり、「外国人」を社会に受け入れないようになっていった。明治維新で開国し、外国人と付き合うことになった時、社会全体では服従するか威圧するかのどちらかの態度しか取れず、対等に交際することができなかった(なんというか、権威主義社会の特有なありかただし、うつ気質の人の交友の仕方に似ている)。服従的になったのは西洋諸国に対してで、威圧的な交通をしたのはおもに近隣のアジア諸国。とりわけ日露戦争をへての日韓併合以降、顕著になった。15年戦争で徹底的な敗北(軍事的にも政治的にも文化的にもこの国は周辺諸国に負けていた)をして、もう一度鎖国をしてしまう。「外国人」と交通しない社会にもどった。さらに、この国の中にいる「外国人」を存在しないことにし、彼らからの要求にまともに答えてこなかった。1980年以降のグローバル化で、「外国人」と交通することになっても、服従か威圧化の態度は変わらない。
 その短期的な歴史であいまいにし、少数の当事者に威圧的にふるまい、社会に隠蔽してきた問題が、この本で取り上げられている。なるほど、敗戦ののちに民主主義と人権尊重を実行していれば、採るはずのない政策が行われてきた。とりわけコリアンに対しては、戦前は搾取の対象として非人間的な扱いをし、戦後は犯罪行為や搾取行為を隠蔽するかのように棄民政策の対象にしてきた。
 著者はその理由を「戦災者300万人史観」(戦災者を日本国籍に有する者に限定し、加害行為で被災・被害を受けた旧植民地や占領地域を故意に排除し、忘却する)と「内なる国際化を直視しないこと」にみている。日本人の精神分析とあわせて、この種の分析をすると、理由をみつけたところで、改革や修正する具体の行為をしないようになるので、ここまで。指摘に関しては覚えておくように。
 書かれたのは1995年で、背景には1980年の好景気がある。なので、日本の経済的優位があって、外国人は日本の繁栄に誘われて集まってくるものであった(そういう論調と雰囲気は当時濃厚にあった)。日本に余裕があって、少数者の人権には鷹揚に構えるところがあった。しかし、「失われた10年(20年)」のあと日本の経済成長はなく、高齢化と格差の拡大で未来の展望が見えなくなり、余裕がなくなった。現れたのは、極端な排外主義と差別主義。21世紀になって、この本に書かれた問題は解消せず、日本人の草の根の運動で、街にヘイトデモが常時起こり、ネットでヘイトスピーチが放置される事態になっている。日本語学校や研修生の差別的な扱い、在留労働者への不当な仕打ちなどは枚挙にいとまがない。
 いくつかの事案には法的な整備がなされるようになったが、全く不十分であり、与党自民党および行政府は問題を解決する動きをなかなかみせない。本来ならば、20世紀のうちに解消していなければならない問題と21世紀に持ち越してしまった。まだまだ市民がやることはたくさんありそう(ここではどうやるかの議論はおいておく)。