odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

筒井康隆「ベティ・ブープ伝」(中公文庫)

 アニメのキャラクターを一人の俳優とみて、できるかぎりの出演作を収集し、その演技や成長を確認し、賛辞を贈る。21世紀となっては、とくに不思議なことでもなくなっているのだが、昭和の最後の年に、それも50代の人気作家が行ったとなるとセンセーショナルであった。しかも、同好の士は多数いたが、口に出すことをはばかる昭和ヒトケタ生まれの世代が熱中したのである。雑誌連載中に同世代の作家から思いもかけない反響があり、なかに大江健三郎井上ひさしらがいたというのがほほえましい。
 ベティ・ブープは1930年代にアメリカで生まれた短編アニメの主人公。ミッキーやポパイと同世代の生まれ。異なるのは、ベティは熱烈なファンを大人にもったが、数年でブームは去り、その後なかなかリバイバルされることがなかった。この国ではリアルタイムのときと、1960年代のテレビアニメ放送と、この連載をきっかけにしたバブル時代と、3回くらいしか人口に膾炙したことがない(と思う。後ろ2回のブームは自分のライフタイムに重なるがよく知らない)。ときに、マリリン・モンローが舌足らずの甘えた声で「ブプッピドゥー(Boop-Oop-A-Doo)」とさえずるので知られるくらいか(元ネタがベティ・ブープ)。

 記述の大半はデビューから引退までの作品紹介と寸評。連載中の1988年であれば、ビデオソフトで見ることも可能であるかと思われるが、あいにくベティ・ブープの映画はこの国ではほとんど復刻されなかったのだ。なので、作家はアメリカの8㎜や韓国のビデオ(当時韓国の著作権管理がいいかげんだったのでよく製作された。一方、放送コードが厳しかったので、お色気シーンは容赦なくカットされていた)を入手するしかなかった。「不良少年の映画史」を書くにあたって入手した戦前の「キネマ旬報」全冊も大いに助けになったに違いない。
 21世紀の今は、ベティ・ブープの廉価DVDもでているし、戦前作品なのでYouTubeなどでたいていの作品をみることができる。簡単な検索でこれだけ多数でてくる。一編10分未満なので、簡単にみることができる。
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「ベティの日本公演」A Language All My Own(1935)
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 どうも昨今のアニメとはテンポも演出も違うので(だからこそ、当時の技術に驚くこともあるけれど)、作家ほどの偏愛を持つには至らない。やはり年少時代に映画館で見るという体験を共有しないと、後続のわれわれがのめりこむのはなかなか大変。
 気づいたことをいくつか。
・10年に満たない製作期間でベティ・ブープのキャラクターは変容していく。こういうギャグアニメ、小唄映画だと、この国ではキャラクターの線が省略され、頭身が短くなっていく。まあ、幼児化していくわけだ。たとえば、山上たつひこ「ガキでか」、魔夜峰央パタリロ!」(ここは荒俣宏のフクスケの考察に書いてあったこと。たしか「広告図像の伝説」)。ところが、ベティさんはお色気で人気をはくしたので(上目使いの表情、大きな目と小さい口、体にぴったりとしたドレス、ミニスカートからでる長い脚、片方だけのガーターベルト、ハイヒールなどのアイコンに注目)、性的魅力を強調するように変化していった。その結果、子供(もとは牝の犬だったらしい。詳細は本書を読んで)だったのが、少女になり、モデルのようになり、若いママになる。この変遷の仕方が面白い。
ベティ・ブープはふたつの抑圧にあらがっていた。ひとつは、黒人ジャズマンと共演することによる人種差別。トーキーになって、歌や踊りを見せる映画が生まれ、フレッド・アステアビング・クロスビーのような白人スターを産んだが、メジャー映画には黒人が登場することはない。小唄映画では、ルイ・アームストロングキャブ・キャロウェイのような黒人ジャズマンが登場し、ベティは彼らと共演する。なので、いつまでたってもメジャーのお声がかからない。
・もうひとつは、1934年から実施されたヘイズ・コード。映画の「健全」化のために不道徳な表現はやめましょう、そういうものが流通しないように業界内で規制しましょうという運動。
ヘイズ・コード - Wikipedia
 そのときに、お色気を全面に出し、人種間差異をやすやすと乗り越えるベティさんは、ターゲットになったようだ。次第に、男性を誘惑する女性であることをやめて、ペジイという赤ん坊を育てる若いママになっていき、子供たちを引率する教師にもなっていく(そうなったベティさんに作家は魅力を感じなくなる)。
 ま、ベティ・ブープを自由やリベラルの闘士に仕立て上げる必要はないが、男性優位で戦争に傾斜する社会において、「女性」の生活や振る舞いがいかに抑圧されていたか、自由を求めることがすなわちマジョリティへの対抗であるかが、如実にわかる例としてあげてみた。


CAB CALLOWAY - Minnie the moocher
Betty Boop 1932
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The Blues Brothers 1980
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