odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「マイン 下」(文芸春秋社)

2019/03/01 ロバート・マキャモン「マイン 上」(文芸春秋社) 1990年の続き。

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 神の声を聴いたメアリーは、ロード・ジャック(ストーム・フロントのリーダ―)の命令に応えるために、産科病院に忍び込み、生まれたばかりの男の子を預かるふりをして外に持ち出す。男の子デイヴィッドはローラの子。失踪後6日たっても見つからないので、ローラは手元の原稿にストーム・フロントのを書いたのがあるのを思い出す。作者に会い、彼もまら「ローリング・ストーン」の記事をみて、再結成のことを知っていた。作者を脅しつけて、ローラは再会場所にいく。メアリーと会う。
 その瞬間に、ライバルになった二人は、アメリカ中西部からロスアンジェルスにまで、高速道路を突っ走る追跡劇を開始。次は、ストーム・フロントの元メンバーの隠れ家で、途中のガソリンスタンドで、つづいて高速道路の脇になる農家で、吹雪のホテルで、最後にロスアンジェルス近郊にある街と、その近くになる海に面した崖にある山小屋で。ローラの子供を取り返したという熱意で、ストーム・フロントのメンバーが一緒になる一方、かつてメアリーに咽喉を打たれて声を失った警官が二人を追撃する。ロッキー山脈にむかうにつれて吹雪は激しいものになり、雪道にタイヤがとられてスリップ事故を起こしたりもする(元警官が巻き込まれた)。
 メアリーとローラは最初は素手の殴り合いで始めたものの次第に暴力はエスカレート。手近な道具が凶器になって肩を背中と腿を打つ。銃弾が彼女らの頭の近辺を飛ぶようになると、二人は忍ばせた拳銃を出すタイミングを計らざるを得ない。したがって、高速道路を進むうちに彼女らは身体にいくつもの傷を負っていく。最初こそ、打撲程度であったのが、出産時の裂傷が裂け、鼻の骨が折れ、口の中を歯が切り、猛犬にかまれたためにメアリーは腿に、ローラは左腕に重傷を負い、高熱を発するまでに至る。金や運転免許証は盗み、盗まれ、満足な食事をとれず、風呂にも入っていない身体からは傷の膿の臭いも漂わせるようになる。この痛々しいまでの傷、しかしそれを莞爾と受け入れ、むしろその身体の痛みこそ次に立ちあがるパワーにする。マゾヒスティックなまでの身体の嫌悪がここにあり、それゆえに相手への暴力はエスカレートするのである。
 ローラの真摯な子供への思いは、周囲の共感をうむのであるが、最後にメアリーと一対一の決闘に至るまでに、彼ら彼女らは姿を消し、ローラは彼ら彼女らの身体を思い出しながら、ひとりメアリーとデイヴィッドのまる山小屋に向かわざるを得ない。下巻350ページのうち、300ページは自動車の追跡とときおりの乱闘に費やされ、登場人物はほぼ3人という極限まで少ない人数の劇を一気に読ませる筆力は尋常ではない。
 これまでマキャモンの小説の主人公たちは、ゾンビ、吸血鬼、ゴブリン、超能力者、異星人など理由なく人間を襲うものに立ち向かってきたのだが、ここにきて戦いの相手は人間そのものに他ならない。とはいえ、武闘訓練を積んだ6フィート超の身体をもっているとなると、出産直後の女性からすると、暴力の塊に他ならない。これに立ち向かうのが、子供に会いたいという目的ひとつである。
 さて、マキャモンの小説ではたいていの小説にはハッピーエンドが訪れる。襲撃をする異界のものどもは駆逐され、土地や家族の連帯は闘争と冒険によって回復されるのである。ところが、唯一(たぶん。「魔女は夜ささやく」のみ未読)この小説はハッピーエンドに思えない。なるほどローラはデイヴィッドを奪還した。しかし、彼女はそこでは独りぼっち。彼女を支援するものはどこにもいないし、人のいるところまで傷つき疲れた体で数マイルも歩かねばならない。ボブとの離婚協議やこの事件に関する事情聴取もまっているだろうし、母との関係が回復されるかどうかはわからない(とても難しいと思う)。そのように彼女の執念は、むしろ家族や共同体との縁を切るようになってしまったのだ。いわば世界に立ち向かう「単独者」になってしまった。
 それにもまして、彼女がメアリーに躊躇なく銃を発射したとき、メアリーの怪物はローラの内部で目を覚ましたのではないか。家族、家、資産などを捨ててデイヴィッドに執着するようになったとき、メアリーとの差異はなくなったのではないか。そのような恐ろしさが、太平洋から吹いてくる冷たい風にあたって生まれてくるのだ。
(もうひとつひっかかるのは、ローラは誘拐事件を警察に任せることなく、私的に制裁し復讐したこと。ローラの中では警察を介入させると乳児が殺されるからという理由で正当化される。それはローラにとってはそうだ。でも、その結果はどうか。メアリーは複数の通りすがり―たまたま事件に居合わせたり、けがの治療で押し入った家にいた人―を無差別に殺戮した。直接の責任はローラにないにしても、ローラの行動は正当化できるのか。そして最後にローラは発砲する。ローラは自分の善の実現のために、不正義をなした。)
 タイトル「マイン」は、もちろん「私のもの(メアリーがなんども叫ぶ)」であるが、同時に「地雷、機雷」を意味する。ダブルミーニングが込められている。