odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「マイン 上」(文芸春秋社)

 このエンタメ小説(1990年)の背景をしるには、オリバー・ストーン監督の「プラトーン」1986年と「ウォール街」1987年を見ておくとよい。主人公二人は1960-70年代に青春時代をすごし、そのあと1980年代のアメリカの製造業不況と金融好況のただなかにいるから。
 すなわち、メアリー・テラーは1960年代後半に結成された過激派組織ストーム・フロントの生き残りなのである。反資本主義、マリファナ解禁、自然主義を標榜する暴力主義団体(公民権や差別撤廃を主張していないのは白人グループだからか)。1971年、地方の街でコミューンをつくり、軍事訓練をしているところをFBIの急襲をうける。7月4日の独立記念日に軍事行動を起こそうとするのが発覚し、警察と銃撃戦になったのだ。メンバーの多くは死亡、逮捕。メアリーは運よく逃れられたが、腹の中にいたリーダーの子を流産し、そこから正気を失っていく。リーダーと再会し、彼の子を届けることが至上の命令になる。40歳を越えたあるとき、「ローリング・ストーン(これも1960年代のヒッピー雑誌)」にストーム・フロント再結成の暗号を見つける。あと、26日。それまでに体を鍛え、武器を調達し、子供を用意しなければならない。
 もうひとりは、36歳のローラ・クレイボーン。70年代なかばにすでに退潮しつつあった、ヒッピーコミューンにいたこともあるが、卒業後は新聞社に入社。社交欄担当になり、町のセレブと付き合いがはじまり、証券会社のエリートと結婚。大きな家と家財を持ち、はた目には幸福そのもの。ヤッピー(もはや死語か)の成功を獲得した。しかし、その豪華な生活は彼女の心を満たさない。この先の生活が平坦で何も起こらないことを見通しているから。なので、彼女は「目的がほしい」という。そこに、妊娠が発覚し、男の子であることがわかる。出産をまじかに控えたとき、彼女は夫のボブが浮気をしていたことを知る。彼女の空虚感、穴、闇は一気にひろがる。浮気相手を突き止めたとき、ローラは破水し、浮気相手といちゃついていたボブの助けのない中、ローラはひとりで苦痛に耐えなければならない。
 この二人は、一見全く異なるようであるが、心の空虚や「目的がほしい」という点では、双子のようにそっくり。1980年代のアメリカの低迷は生き辛い。なにしろ、不況と業界再編で貧困が拡大し、格差が固定化する。一定産業に依存していた都市はいっきに没落してしまう(当時だと鉄鋼や自動車のデトロイトが象徴)。一方、NYやロスの金融・証券業界は高級取りを産み、マスコミは軽薄短小のヤッピーを賞賛し、これらの業界の繁栄は続くものと喧伝する。そこにおいて、1960-70年代の激動の時代で、瞑想やマリファナやコミューンや反体制で心を充足させようとした生き方をしていたものは取り残される(先取りすると、この時代のヤッピーは20年後のリーマンショック冷や水を浴びせられるし、貧困にあえぐものはさらに厳しい状況に追い込まれる)。そこで感じる空虚は、マリファナや追憶だけでは埋められない。
(この「目的がほしい」はほかの登場人物にも共通する。ローラの夫がそうで、世俗的な成功と家族に飽きて、浮気をする。ローラの母はローラを支配しようとするが、それは自分の空虚さの現れ。フロント・ストームの生き残りのディーディーは過去の犯罪や殺人がフラッシュバックし、追跡されているという恐れから逃れられない。ストーム・フロント襲撃の際にメアリーの銃弾をうけた元警察官は復讐に凝り固まる。80年代の繁栄と不況により、人々は生の目的を喪失し、なにかの目的をでっち上げるしかない。)
 にもかかわらず、この二人の女性には目的や命令がくだる。メアリーにとってはストーム・フロントの再結成のよびかけであり、ローラにとっては出産。いずれも現在の変革を促し、未来の希望をもたらすものだ。この目的や命令には逆らい難い。しかし達成は困難。メアリーにとってはリーダーの子の不在であり、ローラにとっては家族の解体。 

  

2019/02/28 ロバート・マキャモン「マイン 下」(文芸春秋社) 1990年に続く