odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

樋口 陽一「個人と国家―今なぜ立憲主義か」(集英社新書)

 著者の名は2015年安保の際の国会前抗議でなんどかスピーチしているのを聞いて知った。憲法立憲主義を聴く機会が増えているので、勉強のために読む。2000年初出。なので、事例は少し古い。

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今、私たちにとって「戦後」とは何か ・・・ 「戦後」、人権を拡張する思想や法が普及してきたが、その理念と実態に隔たりがある。その状態を変えるには、改憲よりも、議会・裁判所・法を運用する機関を変えるべき。
(たとえば、人種差別、性差別、少年犯罪、死刑、人工中絶など。西洋では国によって解釈や運用が異なる。ただ、日本では議論すら進まない。まして議会に法案提出すら行われていない。)


国家というものをどう考えるか ・・・ (近代)国家は個人を宗教や金(貧困)や民族(の圧力)から解放するものとして現れた。個人が国家の役割や権限を縛る。個人は弱いので、法や制度で守る。資本のグローバル化で国境の意味があいまいで小さくなっている。個人の生き方が変わり、国家の役割や権能のかわるべきであるが、そのようになっていない。国家が個人を守る役割をはたさず(「自己責任」を理由にした個人保護の放棄や薬害エイズとか警察とか入管とか)、国家が過剰に個人に介入している(国旗、国歌、教育など)。
(「日本は単一民族ではない。これは法的に確認されている。裁判所の判例少数民族のための法令などによって(要約)」。ここは重要。自称「保守」は単一民族であることをことさらに強調するからねえ。近代国家で単一民族国家であるところはないだろう。国家stateと民族nationは区別することは重要。)

日本人の法意識 ・・・ 現在でも法に触れるのは、犯罪を犯す、国家に処罰されると思われている。個人が法をつくる、憲法が国家や議会や行政を縛るという考えに乏しい。明治の政治家や青年(の一部)は立憲主義を理解していた。
奈良時代の17条憲法は基本的な掟という意味。近代国民国家憲法とは違う意味で、内容も異なる。「和」は法治主義にあわない。人治主義になる。)

民主主義から立憲主義へ ・・・ 立憲主義は民主の制度のなかった19世紀ドイツの考え方で、権力に勝手なことをさせない、権力に制限を付けるという考え方(民主では国会や議会の決議が最重要であるが、法に照らして正しいといえない判断をするときがある)。20世紀後半からは違憲審査制度を採用して、法律を違憲無効にする制度を採用する国がでてきた。当然、日本はやっていません。
(裁判と政治を緊張関係に置く考え方で、「和」ではない。立法や議会が裁判に介入してくるので、これに対抗するのは大事。違憲審査制度にしろ人権侵害申し立ての窓口にしろ、この国は世界の標準的な人権制度をほとんど採用していない。国連から勧告が来るのはもっともなこと。)

世界の人権思想とアジア ・・・ 人権思想について西洋とアジアでは異なる意見を持っている(というのは2000年の状況。10年代でみると、人種差別撤廃法や制度を備えていないのは、北朝鮮と中国と日本だけになった)。人権には価値多元主義相対主義を持ち込んではならないというのが基本。
15年戦争はアジアの解放戦争ではまったくなく、日本の帝国主義戦争だった。)

日本国憲法起草をめぐる真実 ・・・ 憲法をつくるにあたっての基本思想は、象徴天皇制皇軍廃止、政教分離。他の国でも憲法作成にはうしろめたさがあった。
(敗戦を「屈辱」とみるか「解放」とみるか。たんじゅんな二分にはできないが、敗戦の総括をしてこなかったツケが今。外圧がないと動かないほど、この国は政治や国際に鈍い。そこに自足的・自閉的な思考が支配的になって、歴史捏造を政府や政党ぐるみで行うようになった。)

改憲論の問題点 ・・・ 「ドイツは60回も改憲した」→基本部分は変更できない決まり。変更したのは運用ルールのみ。
「発布後〇〇年たったから。現状に合わなくなったから」→現状が憲法を実行していない。まずは憲法をしっかり運用。あとたいていの改憲案は改憲ではなく、立法で対応可能。
「有事に対応できない。人道的武力介入ができない」→それが起きないようにするのが憲法。外交や立法で対応しろ。
(ドイツの憲法の縛りの厳しさはナチス体験への深い反省から生まれている。しかるにこの国はちゃんと過去の歴史に向かい合っていない。加害、被害の両方で何が起きたか、なにが原因だったか、どうすれば再発しないかを考えて、公共空間でコモンセンスにする必要がある。)

自由の基礎としての憲法第九条 ・・・ 「九条は空洞化」→んなこたーない。超大国のない世界でこの理念は有効で重要。それに九条で日本は尊敬されている。
改憲論議はタブーだった」→んなこたーない。憲法学者や政党はちゃんと議論してきた。軍隊復活、人権制限、議会の制限などをもくろむ改憲論者の草案が議論の俎上にも登らないクズだっただけ。

 


 最後の二章のまとめはちょっとおちゃらけてしまったが、このような言い方の方が通じるだろう。2000年に限らず現在でも改憲論者の論法は、本書のFAQに出てくることと同じなので、返事はテンプレートでいい。2018年1月に安倍晋三は国会に改憲案(ネットでみつかる自民党の草案は噴飯物のひどい内容)を提出するといっているので、事態は本書の時より緊急性が高い。
 いくつかは勉強になったが、中身は薄いなあ。熱気がないなあ。1950-60年代の憲法啓蒙書(岩波新書編集部「憲法読本 上下」(岩波新書)や宮沢俊義憲法講話」(岩波新書)をかつて読んだが、読者の体温が上がるくらいに熱い文章だったぞ、戦争放棄基本的人権の尊重、三権分立という憲法の基本理念を国民に浸透させるという決意(裏には戦争反対のできなかった学徒時代の反省が込められている)があった。それが本書にはまず感じられない。加えて、知識や情報の量も少ない。論理や概念の説明も少ない(特に不満なのは国家と民族の説明が不十分なところ)。昭和の親書は高校の補習や大学教養部なみの内容であったのだが、平成の新書はそこまでに至らない。そういうものか。