odd_hatchの読書ノート

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宇井純「公害被害者の論理」(勁草書房)

 このシリーズ(剄草書房版)は公害研究者による講演だったが、この巻では被害当事者の発言を収録する。被害者の声は、企業や権力の大声にかき消され、メディアにのりにくい。現場から遠くなるほどか細い声になる。それを聞き、「誰にでもできる寄与が手の届くところにある」のを見出すこと。知識と想像力、怒りと行動。

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水質基準のからくり(恩田正一) 1971.4.26 ・・・ 足尾鉱毒事件はいちおう谷中村を遊水地とすることで決着がついていたはずだが、その後も操業されていて、鉱毒(おもに銅)は流されていた(とくに戦時中がひどい)。1958年に沢が決壊し、下流鉱毒被害が出た。調査すると下流域の農民に大量の銅汚染が発覚する。古河の足尾銅山も国に補償や改善を行わない。農民たちが組織を作って対決する。恩田氏はその代表で、水質審議会の議員になる。官民と大学が結託したでたらめを報告する。(それを語る方言交じりの恩田氏のことばの雄弁なことといったら)。

富士公害と私(甲田寿彦) 1971.5.17 ・・・ 大昭和製紙(戦前から稼働)による田子の浦の汚染と公害反対運動について。企業城下町になっている場所では、個人の有志だけが運動に参加している(労組、政党は頼りにならず、公務員も動かない)。企業は社会的費用を負担しないし、市と企業間の公害防止協定は実行されたことはないので公害を激化させ、補償を求める(これは生存権を売り渡すこと)と企業や国に取り込まれ「転び」になってしまう。全国組織も頼りにならない。国や企業は我慢しろ、元には戻らないと冷笑するので、告発し続けることが大事。(大正時代生まれで戦争中の体験が反権力の動機になっている。若い時にレジストを経験することが長じてから妥協しない運動を行う精神を作るのかと思った。)

偽文明への告発(水上勉) 1971.9.20 ・・・ 1959年にNHK水俣で奇病がというドキュメンタリーを放送した。それをみて新進作家は水俣に二週間滞在する。彼は「地獄」を目の当たりにした。そのあと、「海の牙」という小説を書いた(最初は短編で、長編にしろといったのは坂本一亀(坂本龍一の父)。
(後半は資本主義が、文明が、仏教がという大きな話になる。そういう話には最近のれなくなって、「解脱」や「平安」を目指すより、社会に具体的な公正な手段や仕組みを作るほうが優先するからと思っているから。)

水俣の人びと(石牟礼道子) 1971.7.5 ・・・ 水俣に嫁いだ女性が患者支援に乗り出してからの10年間(当時)の報告。百姓をやっていけない状況があり、企業城下町チッソに依存し、周囲の人々の一挙手一投足までが監視されていて、情報が外にでていかない社会での苦闘。企業、県、国の非道にはことばがでない。「地獄」というしかない。まとめができません。この講演はたぶん本書以外には出版されていないのではないか。とても貴重な話なので、「苦海浄土」などの付録にいれてほしい。

水俣病患者の運動(渡辺栄蔵、橋本十一郎ほか) 1971.9.27 ・・・ 第二期の最終講演。新潟水俣病訴訟の判決が出る直前で、水俣市原告団の人も集まり、現地報告を行う。過去の出来事を報告する。内容は宇井純などの研究者が報告してきたことと同じであるが、当事者の発言は凄絶。ことに「苦海浄土」の朗読には圧倒される。「地獄」にいる中での希望の明るさ。

 

 インテリのように整理された話ではないのでわかりにくいのであるが、現場を見てきた宇井純の話よりも、衝撃的であり、心に突き刺さる。ひとえに彼らが体験したさまざまなできごとの蓄積がことばに蓄積されているから。テキストや映像では伝えきれない内容が、彼らの朴訥とした(しかし雄弁な)ことばに含まれている。
 なので、我々は現場の人々のことばを聞くべきなのだ。彼らの整理されていない、しかし雄弁な、凡庸な比喩や言葉使いのその先にある体験を想像して(しかし決して、彼らの伝えたいことにいきつくことはない)、問題を考えるべきなのだ。
 初出は1973年。