2020/04/07 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-1 1920年
2020/04/06 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-2 1920年
リーホールフィー ・・・ 植物動物(両方の性質をもつ生物)に乗って、島から<沈む海>に出て、マタープレイに泳ぎ着く。生き物のいない中に、森のある谷にでる。マスカルの視覚が鋭敏になり、生物の内部、生命流まで見えるようになり、生き物の愛と冒険と美と女らしさを感得できるようになる。この谷には不思議な生物が充満。個体がすべて別の種。水の流れに入ると、生命のエネルギーが身体の中に登り、新たに6つの眼ができる。リーホールフィーという第三の性を持つ人とあう。いっしょにフェイスニー(シェイプマンともクリスタルマンとも呼ばれる)の世界のもとにある地下のスクールを探しに行こうと誘われる。この長い生を持つ人がいうには、マタープレイの土地には生命の流れが始まっている。流れの源では生命の火花がはじけ、生命が空中に自然発生のように誕生し消える。源から離れると、生命の力が弱くなり形をもつようになり、<沈む海>まではなれると生命の力が弱くて形を保てない。海はひとつの生命体。フェイスニーは四方八方の無と相対し、全身が顔で無数の眼をもっている。想念は無からフェイスニーの内部に流れてきて、形となり、人々は世界になる。われわれ(リーホールフィー)の外界はフェイスニーの内部に他ならない。谷のどんずまりの崖に到着。マスカルは休憩をとる。
コーパング ・・・ マスカルは崖を登り途中石を落とす。落石は泉の始まりの地下道の穴を見つけ、ふたりは中に入る。リーホールフィーは衰弱。外に出たところで死亡。ここはスリールだというコーパングに出会う。コーパング、「ここは3つの世界。フェイスニー(=存在=自然)とアムフェーズ(=関係=愛)とサール(=感情=来世)。敵対しつつ一体化」。マスカルの6つの眼は消失。コーパング、「それはフェイスニーの器官だから消えた。リーホールファーもフェイスニーの世界の住人だからここでは生きられない」。コーパングは<三体の像>に案内。うえの3つの世界の象徴がマスカルの前に姿を現し、マスカルの人格が変化し、「奉仕」を希求する。最後にサールの像が姿を現し「マスカルは数時間後に死なねばならない。人生を軽蔑してきたから、世界を無意味と、生は冗談ごとと思ってきたから。殺人を悔いろ」と予言する。<三体の像>にクリスタルマンのにたにた笑いが浮かんでいる。コーパングと地下道から元に戻る。
ホーント ・・・ 岩山に上る。文字通りの飛行船がくる。サークラッシュからきたというホーントという操縦手に頼んで乗り込む。ホーント、「マスカルは男女(混じっている性)。リッチストームでは純粋な性がある」。マスカルはリッチストームの女に会うことを希望。ホーント「自然は人を苦しめる」。ホーントの酒を飲んだマスカルは悪夢を見ている気分。暗闇を下りる途中、マスカルは気分が悪くなり、死を意識。とたんに歓喜(苦痛を通り越して愛に)。これはホーントすら体験できないこと。純粋な女であるサレンボウドがいる。ホーントがキスすると、ホーントは苦しんで死ぬ。サレンボウドから知能の面影が消える。
サレンボウド ・・・ サレンボウドがマスカルにキスされると、「魂を持つ生きた人間」となり、マスカルに愛を持つ。サレンボウド、「愛する人のためなら心の底から喜んで姿を消し、無になるものが愛」「絶頂に達してさらに上昇を目指せば愛は犠牲になる」「愛は苦悩の手で完成する」。登攀の途中で太鼓の音とマスペルの光。マスカルは硬直して、サレンボウドがキスしたのも気づかない。離れてサレンボウドは倒れる。クリスタルマンのにたにた笑い。泥のためにマスカルは見えない。
バリー ・・・ 夜明け。サレンボウドの墓をつくり水浴したマスカルはバリーへ行こうと決意。クラッグと再会。「きみは昼までに死ぬ」。バリーにはマスカルを待っていたらしいギャングネットがいる。湖に出て、浮島に乗り、海に出る。青い太陽が現れ、マスカルに光を当てる。マスペルの光が充満する。マスカル、「無限と向き合っている」「僕は無」「意志がない、自己がない」。クラッグが手をかけると、崩れるように倒れる。太鼓の音がして、マスカルが尋ねると、クラッグ「おまえの心臓をたたいているのさ」。ギャングネットは空中でもがき悲鳴を上げている。火が燃え移りクリスタルマンとなって絶叫し、消える。クラッグ、マスカルに「君はナイトスポー」。それを聞いて、マスカルは死ぬ。ナイトスポーが死体を見つめている。クラッグ「マスカルはクリスタルマンのもの、ナイトスポーはおれのもの」。
マスペル ・・・ 長方形の黒壁のようなものが現れ、マスペルの光がある。クラッグは浮島でナイトスポーを入口まで送り、中にはいれと指示。しりごみするナイトスポーはクラッグに命じられて、黒壁の中にはいる。石段を登り、窓からさまざまな世界をみる。マスペルとクリスタルマンの戦いの種々の位相(ここのイメージはおれのことばでは要約不可能)。マスペルの光は緑の生命体を苦しめるだけだが、クリスタルマンには食べ物になり、さらにのぼると「何もない」。マスペルはナイトスポ―自身とここだけの世界(これまでに登場キャラクターによって説明されたマスペルとクリスタルマンの在り方がイメージ化されている)。緑の生命粒子の悲鳴。それにこたえられるのはナイトスポーとクラッグとサーターのみ。サーターはどこに。黒壁から出るとクラッグが待っている。ナイトスポー「この戦いに勝ち目はない。クリスタルマンの力は強大」、クラッグ「おれのほうがクリスタルマンより強い。おれがサーター。地球ではペイン(苦痛)と呼ばれる」。二人は筏に乗って暗黒に漕ぎ出していく。
アルクトゥールス星系の惑星トーマンス。地球に似ているが(大気の成分が、重力が、などの物理法則の設定は無視)、生態系はまったく似ていない。形態の似た生き物がいるようではあるが、ダーウィン的な生存競争も、今西錦司的な住み分けもない。あえていえば、ヘッケルのような意志をもち、霊的進化をとげようとする生き物の競争(ただし霊的進化に限る)のあるような生態系。惑星到着後のしばらくは、地球との差異は強調されないが、しだいに摩訶不思議な生態系になっていく。圧巻は「リーホールフィー」の章に出てくる生態系の説明。生命の泉からの流れから生命の火花が起こり、空中に生き物が自然発生し、というのはすでにサマリーに書いたので繰り返さないことにする。奔放なイメージの巻き起こりは決して地球上にはあり得ないのに、読者に強烈な印象を起こす。
歴史的遠近法を使えば、そのような生態系は、オールディス「地球の長い午後」と筒井康隆の「メタモルフォセス群島」「ポルノ惑星のサルモネラ人間」、分野は異なるが手塚治虫「火の鳥」くらいしか思い当たらない。そのような生態系を構想しえただけでも、すごいというしかない。
もちろん、生命の泉、そこからのエネルギーの際限ない流出には、ネオ・プラトニズムを継いだアイデアであるだろうし、生命の自然発生も18世紀の生気論の影響下にあるに違いない。あるいはヘッケルの本も読んでいたかもしれない。そのような先行する思考を知っていることが重要なのではなく、独自な想像力を持って、世界を構想しえたこと(そしておそらくこの小説に書き切らなかったさまざまな詳細や断片があるはず)にいくら賞賛しても足りない。
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2020/04/02 デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-4 1920年
2020/3/31 デイヴィッド・リンゼイ「憑かれた女」(サンリオSF文庫) 1922年