odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

佐伯泰英「万両ノ雪 居眠り磐音(二十三)決定版」(文春文庫

 新聞広告でこのシリーズの宣伝が派手に行われているのを見てきたが、興味をひかれたことはない。なぜか手元に回ってきたので、読んでみた。このシリーズの23巻ということだが、その前がどうなっているかは知らない。

「磐音不在の江戸を島抜け一味が狙う!/坂崎磐音とおこんの帰りを待つ江戸の面々。/南町奉行所の年番与力・笹塚孫一は、6年前に苦い思いを味わわされることになった男が、島抜けしたとの報せを受ける。/ある予感を胸に、笹塚は男と因縁を持つ女性が営む団子屋をたずねるのだが……。/一方、磐音の友である品川柳次郎は人生の大きな転機を迎える。/磐音不在の窮地を笹塚は乗り越えることができるのか?/柳次郎は、想いを貫くことができるのか?/そして、一体いつ、磐音は帰着するのか⁉・」

books.bunshun.jp

 火事にかこつけて大金を盗み出した一味がいる。捜査は難航したがようやく捕え、島送りにしたものの、上記の次第。再び悪事を企んでいるらしく、事件の関係者を張ることにした。という警察小説かハードボイルドの時代小説版かとおもったが、なんのひねりもない。小説の半ばで一味はつかまり、盗まれた大金も見つかる。正月になると、道場破りがくる。主人公の剣豪はきちんとこらしめる。島抜けと道場破りには関係があるかと思ったら、なにもない。たんに時系列順に事件がおきただけ。
 犯罪小説としても剣豪小説としても中途半端だなあと思ったが、終盤でようやくわかった。これは茫洋としているが心と剣の腕はさえているといういかにも日本的な英雄を主人公にしたホームドラマなのだ。特に社会変革にも出世の意欲にもない平凡な男が、上流階級の一員になり、安定した事業の跡を継ぎ、家庭を持って子宝や下男下女にめぐまれる。上司や友人は礼儀正しい。安定を覆そうとする悪事を嫌悪するが権力のありかたに疑問はもたない。社会の正義や共通善には関心を持たない。トラブル解決の基準は自分らの生活を脅かすかあるいは公儀に背くか。自分らに無関係な悪事には手を出さないし、不正に憤ることもない。不幸な者を救うが、その後の生活には関心を持たない。貧しい者の支えあいに期待して、ほったらかし。経済的にも政治的にも安定した時期で変革はいらない。テーマは現状維持で政権擁護。それ以外のメッセージはない。まあ、ニヒルでない机龍之介で、革命意欲のない坂本龍馬なのだな。
 そういう小説。なので、コースが引かれた男の一生を年々の催事や家庭のトピックと一緒に書いていくことで、えんえんと続けられる。戦後日本の平均的な「幸福」とされる生活を江戸時代に投影した。つまりはマンガ「島耕作」シリーズの時代小説版。
 読んでびっくりしたのは、描写がないこと。ほとんど会話で物語が繋がれ、地の文を読まなくてもかまわない。なので、事件の影になにかあるとか、トリックが仕掛けられているとかがない。登場するキャラクターは時代劇ドラマのテンプレートのような面々。名前と職業だけで、どういう行動と会話をするかがわかってしまうものばかり。悪事はあっても、なぜ悪事を行ったのか追求しないし、心理の分析もない。悪事を行ったものは寄ってたかって懲らしめられ、主人公の仲間(インサイダー)にはいったものは裏切られないし現状に満足しきる。筋はあっても、深堀りがないのだな(過去の時代小説のあれこれを思い出して、嘆息)。
 小説を読むなら、俺はそこにある問題を考えたいし、発見したい。時代の風俗や社会を考える知識は作者の判断を得たい。そういうものがまったくないので、俺には不要なエンターテインメント。(テキストで書かれているから、二時間ドラマをみるよりはまだましか。)