odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

泡坂妻夫「生者と死者―迷探偵ヨギガンジーの透視術」(新潮文庫) 最初に読んだ短編小説が長編に消えてしまう電子書籍化できないミステリー。

 この文庫書下ろしの小説は変わっていて、16ページごとに袋とじになっている。まず、袋とじを開けないで「消える短編小説」を読みなさいという。読み終わったら袋とじを開けると、長編ミステリー「生者と死者」が姿を現すのだという。はて、どういうことか。

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 この文庫本は新刊も出ているようだが、通常は古本で入手することになるだろう。

消える短編小説 ・・・ 雨に打たれて、奇術を売り物にしているバーに中村千秋がやってきた。記憶喪失。はかなげで、文芸のことに詳しい。千秋はときにサイコメトリーやテレポーテーションを披露する。コインを動かしたり、指を動かしたりしてある文字列を示す。文字を入れ替えると、「はんにんはますこようじ」とでてきた。しばらくしてある殺人事件の犯人としてその名前を持つ者が逮捕された。未来予知? 千秋は不意と出ていき、残されたものは帰ることはないという予感をもつ。

 自分は幸い袋とじを開けていないものを入手できたが、たいていはあけてあると思う。「消える短編小説」がどれかわからないだろうから、該当ページのノンブルを記しておこう。
16-17、32-33、48-49、64-65、80-81、112-113、128-129、144-145、160-161、176-177、192-193、208
 俺くらいになると、読む前に「消える短編小説」のノンブルに〇を付けて、いつでも読み返せるようにしておくものね。

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 という短編小説を読んだので、袋とじを開けて「生者と死者」を読むのだが、困った。長編のサマリーを書くことが著者の仕掛けをばらしてしまうことになる。なので、秘密の日誌に書いておくことにしよう。

 小説そのものには言及できないので、周辺事項でいくつか。
・この国の本は、小口が切れていて、全部のページが開けられるようになって流通している。なので、本文よりまえに後ろの解説ページを読むことができたり、うっかりミステリの解決部分をあけてしまったりするのだが、西洋では小口が切っていないので、ペーパーナイフで開けながら読む。そのあと気にいったら製本所に持ち込んで好きな装丁にする。なのでこの袋とじで本文が読めない趣向は本の形態を考えさせるもの。あとがきによると、狩久が同じアイデアを練っていたが完成しないで死去。それを聞いた著者が挑戦したという。
(それにどうやら著者の第1長編「11枚のトランプ」の幻影城版は小口のきれていないアンカット版でペーパーナイフがついていたという。ヨギ・ガンジーシリーズ長編第1作の「しあわせの書」も本の形式を問うもの。著者は装丁もしていたし、マジシャンで小道具にすることもあったというし、本という形態にとても鋭敏だった。)
・短編小説のように、超能力が長編のテーマ。1970年代に超能力やオカルト、UFO、UMAなどが大流行したのだが、そこに科学的な思考や検証がないことを問題視して、デバンキングを試みる人が現れる。スケプティック(懐疑主義者)と呼ばれる。アメリカにはサイコップ(超常現象の科学的調査のための委員会)ができたり(1976年)、なかには「科学的に実証できる超能力を持つ者に、100万ドルを進呈する」というチャレンジを主催する者(ジェームズ・ランディ)もいる。この小説にはこの動きも反映。著者自身がマジシャンであるのも影響しているか。
 そこらを念頭に「消える短編小説」のホラー風味が長編でどのように「消える」かを確認しながら読みましょう。残念なのは一度読むと袋とじが壊れるので、いつでも、新品のままで読めるように、電子書籍になったら工夫が欲しいなあ。

 

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