odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

筈見有広「ヒッチコック」(講談社現代新書) VHS時代で映画を手軽にみられるようになった時のガイドブック。

 著者はヒッチコック/トリュフォー「映画術」(晶文社)の翻訳者(原著1978年、翻訳1982年)。これでこの国のヒッチコック再評価が起きたのと、家庭用ビデオデッキが入手しやすくなりあわせてビデオテープが販売されるようになってヒッチコックの映画を(それなりに)手軽に見ることができるようになった。

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 自分の記憶では、このころ(1980年代前半)にテレビのゴールデンタイムでヒッチコック紹介の番組があり、1時間半か2時間をかけてモノクロ時代の作品の一部を流したりもした。それに意を強くした出版社がヒッチコック紹介のために新書を作ることにした。すでに岩崎昶「チャーリー・チャップリン」が同じ新書ででていたので、決裁はおりやすかったのだろう。本書がでた1986年ころに、ヒッチコック本人が権利を留保していたのでテレビ放映ができなかったのが解除され、対象の5つの作品である「ロープ」「裏窓」「めまい」「ハリーの災難」「知りすぎた男」が連続放送されたりもしたのだった(ビデオデッキを持っていなかったので、これらを見るのに苦労した)。

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 本書を手にしたのはもう少しあとになったが、あいにくヒッチコックの全貌をとらえるには、時間とコストがかかった。それが払しょくされたのは21世紀にはいってから。モノクロ時代の作品といくつかのカラー作品がパブリックドメインになり、廉価DVDが売られるようになる。そのためにあまり苦労することなく、ほぼすべての作品を見ることができるようになった。
 以前は、本書を未見の映画を見るためのガイドにしたのだが、21世紀の10年代になると、もはや価値は薄い。というのは、本書のほとんどは映画のストーリーの紹介に費やされていて、手元に映像をもっていれば必要のないものになるからだ。著者の書き方も、ヒッチコック初心者への紹介を意識しているので、様々なアイデアや指摘を深堀りしないで指摘にとどめる。そのために、皮相になってしまうのだ。これは筒井康隆「不良少年の映画史」と同じ欠点。
 でも岩崎昶「チャーリー・チャップリン講談社現代新書だって似たような制限を持っていながら、もっと深堀りすることができた。それはチャップリンがテーマや主張を持っていたのに対し、ヒッチコックがエンターテインメントに徹してメッセージを出さなかったから、といえるのかも。
 著者らのようにヒッチコックを楽しむには、21世紀は映像の技術が違いすぎ、生活様式が一変してしまった。古典小説を読むように、背景になる社会状況やテクノロジー生活様式を勉強しておかないといけない。あと数十年もすると、ヒッチコックエイゼンシュタインフリッツ・ラングのように映画黎明期の巨匠扱いになるのだろう。
 ひとつ、ヒッチコックで不快なのは、女性に対する強いミソジニーがあったこと。映画製作の裏側で女優やスタッフにハラスメントしかけていた。これはダメです。