ラブクラフトとは相性が悪い。創元推理文庫のラブクラフト傑作集・全集を5巻まで読んだが、ピンとこなかった。ファンにならなかった。四半世紀ぶりに、創元推理文庫編集部「怪奇小説傑作選 3」を読んだら、そこに「ダンウィッチの怪」が載っていた。これは堪能した。そこでラブクラフトの名作といわれているいくつか(過去に読んで記憶に残っているものと同じ)を読み直したので、この作者だけでエントリーを作る。
ダンウィッチの怪1929 ・・・ マサチューセッツ州のアーカムは呪われた土地。作物は育たず、悪臭がたちこめ、古くから悪言い伝えがある(実在の地名をたどりながら架空の地域に入りそこがいかに呪われた土地であるかを縷縷説くのは小栗虫太郎「白蟻」と同じ手法)。とくにウェイトリー家の評判は悪い。1913年に生まれたウィルパーは異様な生育をし巨躯になったが、学校にも行かず仕事もせずに父と納屋を改造して何事かをしていた。ときに悪臭が流れ動物が死んだりするので村人は彼らと交流を持たない。そのウィルパーが成人になったとき、初めて家を離れてアーカムにあるミスカトニック大学で禁制の呪術書「ネクロノミコン」を読みにくる。禁帯出なのを曲げるよう頼むがアーミテイジ博士は承諾しない。姿を消したが、あるとき図書館に忍び込み、その書を読んだ形跡があった。ウィルパーは元の姿をとどめない残虐な方法で殺されていた。住人がいなくなったウェイトリー家では奇怪な出来事が次々と起こる。牛を大量に購入していたのに家畜はいないで血を吸い取られたように死んでいる。飛ぶ鳥が死んで落下する。悪臭が漂う。地鳴りとも咆哮とも聞こえる巨大な音がする。アーミテイジ博士はウィルパーの手記を読み、これは古代の魔物を召喚する儀式をするためと見抜き、同僚の博士3人とウェイトリー家の農場に向かった。そこでは恐ろしいできごとが……。
透明怪物もの。幽霊は姿が見えないことで恐怖を醸し出したが、これは巨大で人間個人の手におえない(なのでグループで対処)。見えないものがいるように感じるように、物が壊れる音、地鳴りや咆哮など聴覚に訴える。あわせて悪臭が漂うことを強調して、不快なものがいることを暗示する。19世紀の小説の上品さを捨てた所が新しい。
悪の一族が連綿と続いていることが暗示されている。1920年代は人類遺伝学が隆盛して、犯罪者の系図が調べられ、犯罪遺伝説が主張されていた。それは人権侵害と差別意識の理由にされた。その反省と再調査で犯罪遺伝説は否定された。ラブクラフトや小栗虫太郎は安易に犯罪遺伝説を使っているので、注意すること。
クトゥルフの呼び声1928 ・・・ 民族学と文化人類学の泰斗が死んだので晩年の仕事を相続した。そこには奇妙な文字と怪物を象徴する記号が書かれていた。というわけでディレッタントが太古の偽史を調査し、生贄の儀式をする邪教集団の存在を知るようになり、つけ狙われるようになった。どこかで読んだ話と思ったら、コリン・ウィルソン「賢者の石」と山田正紀の「神狩り」だった……というのは逆で、この二人がラブクラフトの模倣をしたのだった。宇宙では肉体を持たない生物の霊的な進化と闘争があり、その余波が地球に届いている。悪の側は地球に邪教集団を作って、人々を洗脳し云々。クトゥルフ神話の構想はこんな感じなのだが、俺からすればエルンスト・ヘッケルのアイデアに神智学とメスメリズムをまぶした程度のもの。深味はないねえ。と感想に熱が入らないのは、この小説(に限らず作者の小説全般)に人種差別があること。邪教集団があるのは黒人にエスキモーに未開人たち。こういう「遅れた」民族が人間のかたちをしているだけのヒトモドキだと差別する。この人種差別もヘッケル由来。そして世界を裏の勢力が動かしている、侵略準備をしていると陰謀論をいいだす。差別的なトンデモは昔からあるのだね
インスマウスの影1936 ・・・ かつて栄えた街インスマウスに寄った男は町の異様さに驚く。そして町の秘密を聞いてから、人びとに襲われ命からがら脱出に成功する。しかし、男は自分の出生の秘密を知り、人間社会から離れることを決意する……。これも人種差別と黄禍論のアマルガム。繁殖率の高い劣等種族が現在の白人社会を侵略するのではないかというのが恐怖の理由。あえていえば、閉鎖された村集団に紛れ込み、そこの邪教集団の暴力をかいくぐって村から脱出するというモダンホラーの源泉になった。
(以上の三作品がクトゥルフ神話の中核をなすものという評があるので、代表作はこの3つでいいだろう。)
死体蘇生者ハーバート・ウェスト1922 ・・・ ミスカトニック大学医学部の学生ウェストは「死を人工的な方法によって克服できる」という信念で研究を開始する。当然大学の研究規則に抵触するので禁止されたが、ウェストは在学中および医師になってからも研究を続ける。その恐ろしい結末……。「フランケンシュタイン」と「ジキル博士とハイド氏」のアマルガムで、マッドサイエンティストもので、ゾンビーものの嚆矢。先にはエドガー・A・ポーの「催眠術の啓示」「ミイラとの論争」「ヴァルドマアル氏の病症の真相」があり、とくに死者との対話はこの影響下にあると思う。というのは、死者は存在に戻ることを嫌い、死者のままであることを望むから。死者は死者として生者とは別物であれというのが「自然」なのだという考えなのだろう。びっくりしたのは、ヘッケルの名が登場したこと。
「エルンスト・ヘッケルは、あらゆる生命は化学的および物理的なプロセスであり、いわゆる『魂』とは迷信であると言ったが、ウェストはこれに賛同し、死者の人工的蘇生の鍵は偏に細胞の状態にあるのだと考えていた。(P3)」
この説明はヘッケルの考えには合っていないと思うが、ウェスト(および作者ラブクラフト)は強い心身二元論の持主で、魂がなくなった身体は所有者がいないので、他人がどのように使ってもよいと考える。ウェストは「人間」の復活を目指したので、死人と社会の両方から弾劾された。ではウェストが死者を意識を持たない状態で蘇らせて、たとえば輸血用血液の製造に使ったとしたら。あるいは単純労働の使い捨てにしたとしたら。社会が受け入れる可能性を感じる(伊藤計劃「屍者の帝国」がそれ)。俺は死者の復活や暴力よりも、功利主義的な死者の蘇生という考えに嫌悪感をもった。人体の商品化というディストピアがこの先に開かれているようで。ウェストはこのようなバイオエシックスやバイオポリティクスには無関心。自分が開発している技術や知識の社会的影響を全く考えないのだ。そこに彼の悪がある。同時に、語り手〈私〉の無責任にもあきれる。こういうのが革新主義、テクノクラートの行き着いた先のモンスターなのだ。
なお、この短編には黒人差別の描写が複数個所に登場する。ラブクラフト自身もレイシズムの持主だったという。主人公ウェストと語り手〈私〉が人体損壊・他者危害を躊躇しないところにはレイシズムも影響しているだろう。
昔は感心したが、再読したらダメ小説なのがわかった。
(ここでは人種差別のもとをエルンスト・ヘッケルにみたが、アメリカでは19世紀末から優生思想と人種差別が大流行していた。そちらの影響も当然あると思うが調べていないので言及しなかった。また日本でも1920-30年代のオカルトブームがさまざまな陰謀論を作り出したのと並行関係)。
ラブクラフトはたいていはクトゥルフ神話の創設で、彼を始祖とする流派が生まれたことで評価されている。怪談・怪奇小説で敵役になるのは地上のクリーチャーや堕天使などだったのを、一気に宇宙的な一族にした。宇宙的な善と悪の対決の余波が地上に届いているということにした。20世紀前半には怪談には手詰まり感があったのを一気に扉を開いたのだった。地球中心で書かれる歴史を宇宙にまで一気に広げ、人びとの想像力を喚起したのだった。
(俺はすべてラブクラフトの創意というより、前世紀のブラヴァツキー夫人の神智学やヘッケルの一元論哲学、遡ってスウェーデンボルグなどの影響があると思っている。またこの時代はスペールオペラの創始期で、ウェルズの「宇宙戦争」あたりを開祖とする宇宙人侵略テーマSFもずいぶん書かれていた。その影響もあるとみたい。)
その評価は他人にまかせる。俺が注目したのは、ラブクラフトは怪談の文体の革命をしたところ。それまでの怪談や怪奇小説はひとりないしグループの体験を時間通りに書くものだった。固定したカメラアイが事件の最初から最後までを見届け、解釈を垂れる。そういう構成だった。ラブクラフトはこの書き方を変える。語り手はだれかに固定されることはない。事件の関係者を自由に行き来し、できごとの断片を記述する。そうするとストーリーのキャラのなかに事件の全貌を知る人はいない。何が起きているのかわからない状況に投げ込まれている。それがキャラの恐怖になる。語り手はキャラの恐怖を拾い、事件の断片を並べる。全体状況をほのめかす。これによって各段に怪奇と恐怖が深まった。ストーリーの展開が早くなった。
ラブクラフトが発明した「パッチワーク」の手法は20世紀後半の「モダンホラー」作家(S.キング以降)に引き継がれる。サマリーにある有名作がのちのモダンホラーのプロットの源泉になっているのだ。のちの作家はたとえば「ダンウィッチの怪」に欠けていたところを補ったのだ。ひとつは怪異に会い仕方なく戦うことにする人々のためらいから決意までの成長を描くこと。もうひとつは怪異の理由とのバトルとアクションを詳しく書くこと。このように、ラブクラフトが「モダンホラー」をつくったのだ。
(とはいえラブクラフトがゼロから作ったとは言えない。細かいショットを積み重ねるモンタージュの手法は映画から学んだことに思えるし、黄金時代の長編探偵小説も先に「パッチワーク」で書かれていたのだった。あとラブクラフトの特長は、事件や怪異は大衆や庶民に起こり上流階級やエスタブリッシュメントは脇役や見物人になる。アメリカの大衆社会で書かれた怪奇小説だから。グロテスクや排泄物など悪趣味が横溢し、映画的な描写になる。これはラブクラフトが怪奇小説に持ち込んだもの。でも、1920年代の同時代に探偵小説もで同じような書き方が生まれていた。ラブクラフトの小説が載った「ウィアード・テイルズ」がまさに大衆向けの読み飛ばし小説を載せる雑誌だった。そこでウケるために大衆の趣味に寄り添った文体と描写とストーリーが作家の切磋琢磨のなかで生まれたのだった。)
という積極的な評価をしたあとに、ラブクラフトの人種差別があまりにひどいことを発見して評価はゼロに。この人の作品はもう読みたくないし、読まれなくてもいいとおもう。埃をかぶって忘れ去られることを願う。ラブクラフトのあとにクトゥルフ神話を書いた人たちがたくさんいるが、人種差別を克服した内容になっているかどうかは未確認。
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