世界で最初の「吸血鬼」小説とされるもの。1819年。
孤児だが多額の資産をもっているオードブリ青年が、老人ルスヴン卿に関心をもつ。彼は社交界ですこぶる評判が悪い。純真な乙女に取り入ってねんごろになるが、すぐに飽きて女を侮辱して捨ててしまうのだ。そうすると、今度は賭博場などにいって、堕落した青年を破産させてしまう。でも妙に人を魅惑させるところがあり、オードブリ青年は大陸周遊旅行に同行するよう頼むのである。相手にはいささかびっくりさせられるが、ギリシャに来た時変化が起こる。地元の美少女イヤンテに魅かれたオードブリはまざにルスヴン卿もイヤンテに手を出しているのを知るのである。地元の人が日没後に森に行くなというのを無視して単独行にでれば、嵐にあい、森の中で女の悲鳴と笑い声を聞き、なにものかに突き飛ばされる。ようようの思いで帰ればイヤンテは死亡(首に噛み痕がある)。直後、賊に襲われたルスヴン卿は銃弾を受ける。ルスヴン卿は「俺のことは多言無用」と念押しして死亡する。しかし死骸は消失。失意のオードブリはロンドンに変えるも、なんと死んだはずのルスヴン卿が名前を変えて現れ、妹に取り入り婚約してしまう。なんとか止めねばとオードブリは焦るが、病人のたわごとと一笑に付される。どうすれば……。
21世紀の視点で読んでしまうと、落ちもなければ、アクションもないこの短編にあきれるだろう。でも、1819年という時代の趣味で読まないといけない。平井呈一による解説(ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」所収)によると、シェリーが「フランケンシュタイン」を書いた時の集まりが本作誕生のきっかけになったそう。
「バイロンの構想をそのまま借りて、曲がりなりにも一編をものしたのが、ポリドリの「吸血鬼」であります。この作品は雑誌に発表されたとき、偶然か故意か、編集者がバイロン作として掲載したためにたいへんな評判になり、怪奇小説の本家であるドイツはもとより、フランスでもさっそく翻訳が出て、シャルル·ノディエがこれを劇にしくんで上演したところ、これがまた大当たりで、テオフィル·ゴーティエなどもそのブームに刺戟されて、新しく吸血鬼小説を書いたというほど、舞台に、小説に、あるいは酒場の唄にまで、ほとんどヨーロッパ全土の都市に猛烈な吸血鬼あらしを巻きおこしたのでした(創元推理文庫)」
(補足すると、ポリドリはバイロンの主治医だった。その縁で集まりに参加した。ポリドリは夢遊病の論文を書いて博士になったそう。1810年にはメスメリズムの流行は去り、「催眠術」に名称変更していた。夢遊病への関心はメスメリズムの影響もあるかなあと妄想。「吸血鬼」の主人公がルスヴン卿に襲われるシーンが夢うつつの状態だったので、夢遊病の症状が反映されているのではないか。)
そうすると、ギリシャの森の中で嵐にあい、魔物に遭遇するのは、シェイクスピア「マクベス」に由来するとしれる。同時代にシューベルトの「魔王」(歌詞はゲーテの詩)があるのをおもだせば、当時では十分に恐ろしい怪異であったのだ。そこにはキリスト教道徳による表現の抑制があるとみるべきで、他人を誘惑し堕落させ死後の審判の対象から外す悪や魔を魅力的に書いてはならなかったのだ。これから半世紀以上たつと、キリスト教に懐疑する人々が増え、信仰を対象化するようになってから、ようやく悪を魅力的に描くことができるようになる。それがストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」であり、幾多の探偵小説の犯人=犯罪者たちなのだ。
一方で、人間は悪の誘惑にとても弱い。直接対峙して勝てる相手ではない。なので、ルスヴン卿のような悪魔の毒牙にかからないように注意せよと勧告する。悪はルスヴン卿のような外見をもっているし、他人を誘惑する行動をするものなのだ。1819年はユダヤ人解放令が出て差別撤廃の動きはでているが、反ユダヤ主義はつよい。なのでルスヴン卿の外見はユダヤ人の特長を備えている。「死人のやうな灰色の彼の眼」「死人のやうな濁つた彼の顔色」。
ルスヴン卿のもうひとつの特長は、女を誘惑しかどわかすこと。でも彼は世界征服の野望をもっていない。どこかに安住の地をもっているようではない。オードブリの前で最初に起こる怪異はギリシャの地。ギリシャは非西洋であるが、ルネサンス以降西洋が憧れと理想を見ていたところ。なので、この地が選ばれたのは、バイロン卿伝説に基づくものと思えばよい。当時のイギリス人がよく知っている辺境(西洋と非西洋の接点)なのだ。そこからイギリスに向かって侵攻するそぶりはない。いずこかへ姿を消し、どこかで復活するかもしれないが、仲間を増やして植民地にすることはない。当時世界システムの覇権国だったイギリスの自信の現れだろう。
ストーリーはゆったりしすぎだし、主人公のオードブリはバカだし、ルスヴン卿も怖さを感じないし、で歴史的記念作といった程度のでき。
なお今回読んだのは1932年の佐藤春夫訳。この時期、芥川龍之介や谷崎潤一郎、岡本綺堂、谷崎精二らがゴシック小説を翻訳していた。あいにく佐藤の訳はうまくないので、平井呈一訳などで読んだほうがいい。
24/8/1にNHK第2ラジオで放送された「カルチャーラジオ 文学の世界 ゴシックの扉(5)吸血鬼『カーミラ』まで」で本作が紹介される。なにをいっていたのか忘れたので、聴きなおそう。
聞いた。メモ。
・吸血鬼と幽霊は一度死んで復活したという点で共通。
・西洋では中世からフォークロアで吸血鬼が登場してきた。民話の吸血鬼は、農民で、顔が赤くて、太って、血を吸わない。一度死んで蘇った不死者(アンデッド)である。
・吸血鬼はカソリック圏の土葬の地域にある。不自然な死を遂げた者(自殺、犯罪者)がヴァンパイアになる。血を吸う特徴はない。(血を吸う特徴は小説や映画が広めてから)
・近世ではゲーテ、コールリッジが詩に書いている。吸血鬼は女性。
・最初の吸血鬼小説(本作)はジョン・ポリドリ(25歳で夭逝)。吸血鬼を貴族にしたのも最初。ポリドリの友人のバイロン卿をモデルにしたため。貴族は(イギリスでは)すでに時代遅れだったので、吸血鬼にふさわしいとされた。ポリドリの作品では、存在感が希薄で幽霊に近い。吸血鬼小説ではめずらしいバッドエンディング。
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