odd_hatchの読書ノート

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エラリー・クイーン「クイーンのフルハウス」(ハヤカワポケットミステリ)

1.ドン・ファンの死(The Death of Don Juan)
2.Eの殺人(E=Murder)
3.ライツヴィルの遺産(The Wrightsville Heirs)
4.パラダイスのダイヤモンド(Diamonds in Paradise)
5.キャロル事件(The Case Against Carroll)
 1.3はライツヴィルもの。2.4はショートショート。1953年から1965年にかけての中短編集。ミステリーの形式は踏まえているものの、書き込みが薄くて、読書の快楽にふけるには物足りない。作者2人は60代になっていて、インスピレーションも枯渇してきたのか、書くという作業に情熱を注ぐことができなくなったのか。30-40年代の作には及ばないなあ。
 「ドン・ファンの死」は、ライツヴィルのアマチュア劇団のできごと。赤字続きの劇団主催者が乾坤一擲の大巡業のために老俳優を呼んだところ、アル中でけがをした。代役を立てたら、いやなやつで劇を台無しにしてしまう。幕間に代役俳優が殺された。いったい誰が、なんのために? 劇場を舞台にしたミステリはよく書かれていて(らしくて)、マイケル・イネス「ハムレット復讐せよ」、カー「仮面劇場の殺人」、ヘレン・マクロイ「家蠅とカナリア」 、小栗虫太郎「オフェリヤ殺し」などなど。誰もが侵入可能でありながら、衆人監視の状況であるという不可能状況があったり、俳優の間の嫉妬があったり、劇場や裏方の憎悪があったりと、人間関係の複雑さでもって容疑者を増やすことができたり、と作家の創作心をくすぐるところがあるのかしら。だんだん書かれなくなるのは、演劇を見るという娯楽が衰退したからだろう。この中編の背景には、アマチュア劇団が多数あり、TVや映画で売れなくなった劇団出身の俳優がいたり、なによりも大衆の娯楽に演劇があったという時代がある。それらが解体してしまうのが1960年代前半のことかな。
 「キャロル事件」は、後期クィーンの問題にかかわるような「裁き」について。ここでクィーンは超人探偵のような解決の宣託をくだすことをしない。それは罪と罰に関して、何事か考えるところがあったから。その是非を検討しようとすると、なかなか難しい。