odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

筒井康隆「馬の首風雲録」(文芸春秋社)

 オリオン星座のなかの馬の首星雲にある太陽。そこには2連の惑星サチャ・ビがあり、犬に似た生命が暮らしていた。一方の星ビシュバリクは寒かったので開拓されていなかったが、地球人コウン・ビの技術供与と軍事連携により開拓を始めた。そのうち、ビシュバリクはサチャ・ビからの独立を望む。コウン・ビはいずれにも介入して、両者間の戦争をあおった。最初はサチャ・ビの国家軍対ビシュバリクの連邦軍の戦いであったが、ビシュバリクの反戦運動独立運動が同盟して、ビシュバリクは内乱状態に至る。1972年に書かれたこの小説は、ベトナム戦争をモデルにしているのだが、どの時代でも共通するような一般性を持っている。朝鮮戦争だろうと、ロシア革命だろうと、フランス革命であろうと、このような事態は生じているに違いない。ついでにいうと、犬に似た知的生命体(「ノラクロ」のパロディ)と介入する人間というのは「虚航船団」で繰り返された。

 このような大状況の元で、主人公はブレヒト「肝っ玉おっ母とその息子たち」を踏襲した親子。無学で商売人の老いた老婆と、欠陥のある四人の、まるでマルクス兄弟(コメディアンのほうだ、当然のことながら)をそのまま描いたような兄弟。
長男ヤムは「道楽者」。大学を出たが出世の機会がなく飲んだくれている。サチャ・ビの作戦計画を聞いたことでその情報をビシュバリクの為政者に売り(このとき官僚なんかに翻弄されるのだが、たぶんカフカ「城」になるのだろうか?)、口八丁と度胸で大企業の社長に収まる。そして、農民革命で無一文になるとともに、家族を失う。そしてかつての部下に裏切られ、宇宙船の中で爆死する。
次男マケラは「強情者」。母の命令に従う従順な男だったが、徴兵に応じ連邦軍の戦争の下っ端としてさまざまな体験をする。おとりのための要塞守備につかされ、五人対百五十人の絶望的な戦闘になる。これは岡本喜八血と砂」だな。部下が次々と死んでいく。ちなみに彼の従卒は無学な賎民で無線に向かって戦闘状況を報告。彼の姿は同じく「血と砂」の伊藤雄之助だし、「みんな死んじまっただ」と絶叫するその言葉は同じ監督の「肉弾」の少年(雷門ケン坊)だ。さいわい生き延びたマケラは脱走し、農民革命に参加する(「独立愚連隊」で鶴田浩二佐藤允にすすめた話と同じ)。ついでに彼の上司は頭を打って基地外になるのだが、これは「独立愚連隊」で三船敏郎の演じた役柄。
三男トポタンは「夢想家」。こちらは宇宙船内ではぐれて連邦軍指揮官の従卒になる。ノートをもらって初めて詩を書いた。それがのちにビシュバリクで大ヒットし、自己実現を果たすが、ドジなおかげで脱走兵となり、その途中歌姫ラザーナと遭遇(この辺りはヘミングウェイ武器よさらば」か? 初夜でのラザーナのとりとめない長い語りはジョイスの「意識の流れ」のパロディ)。のちに農民革命運動にとらわれて銃殺。
末っ子ユタンタンは生まれついての聾唖者。彼は知性はあるらしいが、コミュニケーションは取れない(それが一家を危機に陥らせることもあり、逆にピンチを救うこともある)。老婆に最後まで従うが、頭を打って言葉を回復。彼は革命軍の指導者になった次男マケラのあとを追う。
一人になった老婆は、意気阻喪することなく、ふたたび荷車を押して、軍隊の後を追いかける行商を再開する。
 先行する諸作品の引用ないしパロディを行っているとのことをあとがきに書いているので、自分の知っている範囲で元ネタを書いてみた。さて、どのくらいの正答率かしら。
 中状況では、頼りない息子の自立と破滅、それにめげない母性のたくましさなんかが描かれる(これが主題ではないのだが、この陰惨な物語ではとりあえずの救いみたいなものだ)。
 発表当時は戦争体験者からの批判、非難がたくさんあったらしい(著者あとがきにある)。その後の世代から見ると、十分にリアリスティックじゃないか、すくなくとも戦争の現場の悲惨さと為政者や軍人の滑稽さはよく伝わるではないか、という感想。もちろん戦場の体験者からどこまでも「こんなものではない、もっとひどいものであった」という批判が来るのは承知、かつその批判はもっともであると受容する。困ったのは、ポスト冷戦によってこの小説の使命はなくなったかに見えたが、21世紀のアメリカ<帝国>の時代においてふたたびリアリティをもってしまったこと。ブッシュやその周辺の連中に読ませたいなあ(きっと理解しないだろうが)。