odd_hatchの読書ノート

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ヘルマン・ヘッセ「世界文学をどう読むか」(新潮文庫)-2 家や共同体の文化資産がドイツの教養主義を支える。

 文学好きが高じると、自前の「世界文学全集」を作りたくなる。ヘッセほどの読書家が「全集」(実際は選集)を作ると、他の読書好きが参考にできるよいリストになる。敗戦後日本で筑摩書房平凡社、新潮社、中央公論社などが作った「世界文学全集」はヘッセの思想と選本にあずかっているみたい。諸種の文庫の選本にも影響を与えていそう。とはいえ、古代ギリシャとローマからヨーロッパに限った選本は今では全然不十分。ヘッセの趣味で中国とインドの古典が入っている程度。アメリカですらポーとホイットマンだけ(メルヴィルは、ホーソーンは、H.ジェイムズは?)。21世紀には「世界文学」はもっと範囲を広げないといけない。リンクを参照。
ヘルマン・ヘッセ「世界文学をどう読むか」(新潮文庫)
 桑原武夫「文学入門」(岩波新書)

ヘッセの読書案内: 世界文学文庫、他二編 マテーシス古典翻訳シリーズ

 ヘッセはどこから読書好きになったのか。祖父が自宅に収蔵していた大量の本を幼少期から眺めて手に取れたため。父が本を推薦することがあったため。近くに図書館があって、簡単に利用できたため。ここを読んで俺はヘッセにとんでもなく嫉妬してしまったよ。なにしろ、両親は本を読まなかったので、家には全く本がなかった。図書館にいくには自転車で20分以上。なので自力でゼロから買っていかねばならなかった。友達には家にミステリーの蔵書がたくさんあったり、父が岩波新書を出たら全部買ったりするというのがいて、つくづくと彼等との差異を感じたものだ。古典、名作、啓蒙書などが直ぐに手に取れる環境にいられるのがうらやましい。俺ももうすこしはいろいろ読めたものだろうに。
 なので、どうすれば子供や若者を読書好きにするかという問題が提起されるが、俺は大人が本を買って家に蔵書を作って子供の前で本を読むとか、図書館で本を借りるのに子どもをつれていくとかすればいいと思うよ。文化資産を所有することとアクセスの仕方を見せつけるのだ。あとは真似をしてくる。と子育ての経験を持たないものが妄想する。街から本屋が消えていくとか、自治体が図書館に予算をまわしていないとかして、地域や共同体の文化資産が縮小して、なくなろうとしている。それは将来世代の知力や好奇心や想像力を失うことになる。江戸時代半ばころからこの国の人びとは読書していったが、その伝統はそろそろおしまいになりそう。その先を考えるのは恐怖。
 さて、1929年に書かれた本書は、ドイツの教養主義がよくわかる。気になる言葉を抜き書き。いずれも読書の意義について。
「精神的」「魂の上での完全性」「自己意識を幸福に、力強く拡大」「つねに発展途上」「時間を認識」「人生に意義」。「過去の文学、詩、哲学と親しくなる」「人間の思考や努力の可能性と完全形態の到達を予感」「人類全体の生と心の鼓動を行き来と感じ、共鳴する」。「精神を集中」「退屈しのぎではない」。「理想的な小さい文学全集(を個々につくろう)」「美しい図書館」。複数の本を読もう、音読しよう。
 ドイツの教養主義はこんな感じ。たぶんカントやヘーゲルなどのドイツ美学由来。そこにプロテスタンティズムの道徳も入り込んでいる。19世紀以前からドイツは学歴社会になっていて、大卒であることは立身出世になることだった。J.S.バッハが大都市の教会で地位を得られなかったのは、彼が大学に入学していないので大卒資格をもっていないため。トーマス・マン「ブッデンブローグ家の人びと」にあるように、ギルドや共同体組織の名誉会員になるには大卒の肩書が必要になっていた。その大学で教えているのは、ヘッセが書いているような古典時代からのヨーロッパの文学と詩、哲学(あとは歴史と音楽など)だった。
阿部謹也「『教養』とは何か」(講談社現代新書) 1996年
 こういう教養主義は日本でも一時期はあった。
 桑原武夫「文学入門」(岩波新書) 1950年
 日本の教養主義はドイツの影響を受けながら、違う在り方になった。以下を参照。
竹内洋「教養主義の没落」(中公新書)-1 2003年
竹内洋「教養主義の没落」(中公新書)-2 2003年
 1929年はナチスは勃興していたが、まだ政権を取る前。本書には社会の不穏さは反映していない。嵐の前の静けさ。この後の混乱と差別を思うと、胸が痛い。(なのに静かにしていた知識人はいったいなんなんだと憤慨したくなる。)


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