odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

スタニスワフ・レム「砂漠の惑星」(ハヤカワ文庫) 「霊」がいない辺境の惑星で起きた幽霊屋敷の怪異譚。

 「6年前に消息をたった宇宙巡洋艦コンドル号捜索のため“砂漠の惑星”に降り立った無敵号が発見したのは、無残に傾きそそりたつ変わり果てた船体だった。生存者なし。攻撃を受けた形跡はなく、防御機能もそのまま残され、ただ船内だけが驚くべき混乱状態にあった。果てなく続く風紋、死と荒廃の風の吹き抜ける奇怪な“都市”、貞察機を襲う“黒雲”、そして金属の“植物”…探検隊はこの謎に満ちた異星の探査を続けるが。(裏表紙のサマリ)」


 大状況は辺境の砂漠の惑星の奇怪な生態系。いや生態ではなく、ここにあるのは2種類の機械が進化を果たして、個体の増加と「敵」への攻撃を行っている。誰が言ったか、メカとマシンは異なり、マシンは環境との刺激交換を果たして、自己を変容していくものだとすると、このような「生態系」はありうるかもしれない。まあ映画「マトリックス」でそのような「生態系」は描かれたのだった。もちろん、人間のようなマシンの設計者の存在を仮定しないで、マシン自身が「進化」し環境に適応できるかというのは問題であるだろう。さらに、レム特有の課題として、このような「知的生命体」とのコミュニケーションが可能かという問題もある。ここではコミュニケーションをとろうにも、なにかの行動をすると相手を破壊することになり、意思とかメッセージを交換しあうまでにはいかないのだが。
 しかし、このような大状況のことは別にいろいろ語られているからここでは省こう。
 事件は数年前に遡る。辺境の惑星を探査することになった「コンドル」号の消息が不明になる。そこで「無敵」号が捜索にでることになる。発見したのは、コンドル号の残骸、しかし機能と設備に異常はなく、燃料・食糧ともに十分保存されている。しかし、隊員がいない。船外で数十名分の白骨が見つかり、船内でミイラ化した死体と一体の冷蔵庫で発見された凍死体だけがある。さあ、これだけでぞくぞくするではないか。おお、まさにマリー・セレスト号状況。無敵号は科学者と技術者からなるチームを周辺探索に出したが、帰隊するものはいない。彼らもまたコンドル号隊員のように死体で発見される。ただひとりの生き残りは記憶をすっかり失い、廃人同様。第2調査隊は本部がカメラで監視している中で、「敵」の襲撃を受ける。そして、ひとりの科学者が上記の機械による進化と環境適応の仮説を述べる。おお、このストーリーはまさに幽霊屋敷の怪異譚ではないか。怪異の物語では人間の理性は優位ではない。それとは異なる別の論理やルールで動いている特異な世界だ。ただこの辺境の砂漠の惑星には「霊」は存在できないのであるから、このような疑似科学の説明を必要とする。
 さて、無敵号の艦長は考える。さらに調査を進めるべきか(すでに隊員の半数が行方不明ないし廃人)、撤退するか。いずれの選択をとるにしろ、本部の報告には合理的・論理的な理由と科学的な調査内容が必要だろう。しかしそれはとても少ない。そこでとる判断は、第2調査隊の生存者を救出することだということになり、その事件の唯一の生存者を派遣することになる。彼は、映画「2001年宇宙の旅」のボーマン船長よろしく、無敵号から一人乗りの万能車にのって砂漠の果てへの冒険にでかける。そこで彼は、もうひとつの機械=人間型ロボットの残骸と遭遇する。
 最後のイメージがどういうメタファーなのかよくわからない。でも、物語の枠組みは古いタイプの怪奇小説で、面白かった。あと未知の生命体との接触の方法が昔ながらの大規模調査隊であることに注意。むしろ軍隊の強行偵察に近いもので、先方に対してきわめて威圧的な態度で臨んでいる。このようなやり方はたしかに先方の反発を招き、ディスコミュニケーションを引き起こすだろう。1964年初出だが、その数年後のル・グィンでは先遣隊は一人で、先方の文化に充分なじむことが必須とされていた。このような異文化とどのようにコンタクトするかの方法論が1960年代に変容したことに注意しておこう。

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