odd_hatchの読書ノート

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笠井潔「エディプスの市」(ハヤカワ文庫) 1980年代に書かれた短編、ショートショート。

 1980年代に書かれた短編、ショートショートを収録。

エディプスの市 ・・・ 地球壊滅状態のドーム型都市。母親と息子の同棲、娘の共同生活、サイココンサルタントだけが年の住人らしい。その都市の自己保存システム。家族を解体しても、性の衝動は残る。それが社会とかシステムの危機を生じるのであって、解決方法はこのような監視社会になるわけだ。ドーム都市は竹宮惠子「テラへ」に似ているね。元祖はクラーク[都市と星」だと思うけど。

エロティック・ルーレット ・・・ コールドスリープシステムで数百年後に蘇生した男。彼は性交のごとにロシアンルーレットを行うという女と同棲していて、そこから逃れるために冷凍睡眠を願う。ここでも家族の解体と性の衝動の巧妙な回避策。

ウェスターマークの惑星 ・・・ 婚姻制度のなくなった未来で、結婚制度の復活を願う宗団の女性が夫の失踪した星を訪れる。同伴するのは現存在分析士モリ。攻撃衝動がなく、生殖以外の性行為をなくした星で、何が起きたか。「神聖娼婦」という文化人類学の知見を利用。

ニルヴァーナの惑星 ・・・ 恒星間飛行で130年ぶりに帰還した宇宙飛行士のみた変貌した地球。成長の極限に到達した種が行う選択。渡辺一夫の好むエピグラム「人間は滅びうるものだ。そうかもしれない。しかし抵抗しながら滅びようではないか?そしてもし虚無が我々のために保留されてあるとしても、それが正しいことであるというようなことにはならないようにしよう(セナンクール)」をニヒリスティックに実行する決断。

鸚鵡の罠 ・・・ あの戦争で3つに分割された「この国」で起きる諜報戦。「復讐の白き荒野」の間島が望んでやまなかった本土決戦があった国のおとぎ話。

 背景にある考えは、生はエネルギーの過剰によってさまざまな衝動を人間は抑えることができない。それが攻撃になり、ときに集団や個体群の存続を危うくする。この惑星のホモ・サピエンスは定期的な富を捨て、過剰なエネルギーを一気に廃棄することで回避してきたが、資本主義はそれができない。では、どうすれば可能かという思考実験をSFで行ってみた。ホモ・サピエンスは富を定期的に廃棄することで均衡を保ってきて、過剰な人口は未開地に移住することで解決してきた。しかし、未開地のなくなった場所では過剰な人口と富は戦争によって廃棄するしかない。しかし人口を調節し、かつ性の過剰なエネルギーを放出するシステムを作れば、ポトラッチや戦争のような破壊を行わずとも富と人口を均衡化する社会が可能かもしれない。こんなところが以上の短編の背景かな。ただ、なぜ家族が解体したのか、婚姻制度を受け入れないようになったのかは説明されない。

 以下はショートショート
「愛の生活」、「惑星イルの密室」、「地球を救った男」:ウェルズ「宇宙戦争」のパロディ、「留守番電話」:「暗くなるまで待って」のパスティーシュ、「避暑地の出来事」、「夜の訪問者」、「流されて」、「黒いオルフェ」、「雨のしのび逢い」、「地球に落ちてきた男」、「培養実験」
 説明しすぎて落ちが決まらないのは、長編作家だからかなあ。理屈が先行し、合理的に解決しようとする意識が高いのもここでは欠点。

 次の3編は、著者がいうには「純粋小説」とのこと。
ゴーギャンの絵」「修道僧のいる柱廊」「雑踏のなかの物神」
 パリの30歳くらいの独身画家のナラティブ。描けず、生活に追われ、荒んだ女の荒涼とした心象風景。最初は、若い娘のアルカイックな表情に魅せられ、精神崩壊が進む。次には日本人留学生と出会い、互いの神経症を報告。3つ目で、寡黙で印象的な明日香浩という青年(ほとんど矢吹駆)の紹介。この中では「熾天使の夏」(講談社文庫)よりさらに踏み込んで、「日高連峰アジト事件」なる新左翼のリンチ殺人事件の主犯のように描かれる。それもあってか、3つめで明日香の印象を中国人テロリストのチェンみたいとされるが、もちろんアンドレ・マルロー「人間の条件」(新潮文庫)の登場人物のこと。もしかしたら、ストーリーのない「小説」で連合赤軍事件を考えようとしたのかも。そういう意図があったとすると、「テロルの現象学」の小説化は「バイバイ、エンジェル」ではなく、この未完の小説であったのかもしれない。その構想のうちに本家のソ連邦が崩壊して、対決する相手が自らこけた。それも中絶の理由のひとつかな。まあ、殺人事件のない「バイバイ、エンジェル」で、秘密警察とのチェイスのない「ヴァンパイア戦争」第1巻。最初のは「黄昏の館」の宗像冬樹が記憶喪失中のできごとみたい。
 あとをたどるとこの未完の小説はのちの作品に反映しているみたいだ。

「(矢吹駆の微笑は)ゴーギャンの絵に描かれた、マオリ族の若者が口許に湛えているような官能的で憂鬱そうな微笑だった。(「オイディプス症候群」(光文社文庫)下巻 P540」

 なるほど本人がいうように(「黄昏の館」)、短編はうまくない。どうしても観念とか思想とか主題を説明せずにはいられない文体のおかげで、ストーリーが停滞する。おかげで要請された文字数では事件がほとんど進まない。アクションも書けない。まあ作家の特長がそのまま小説を不自由にしてしまったようなので、短編は書かないという作家の選択は適切な戦術なのだろう。短編の代わりになるのが大量の評論というわけだね。
(ここは間違った。飛鳥井探偵シリーズには短編集があった。「」「」など。)

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