odd_hatchの読書ノート

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四方田犬彦「月島物語」(集英社文庫) 明治に作られた人工都市と共同体がバブルの地上げで壊滅するまで。日本は伝統を大事にしない、むしろ積極的に破壊する。

 著者は1987年ころに月島の一軒家を借りることにした。当時、レトロブームとか下町ブームとか都市論とか路上観察とか、そういう町を見て調べるのが流行っていた。それに触発された、かどうかはわからないけれど、月島という町を調べてみた。

 月島は佃島と隣接しているけど、歴史は全く別。佃島は1600年代初頭に大阪の佃町の漁民を大量移入してできた町。住吉大社を分社し、毎年(だったか数年おきだったか)祭を行うも、江戸の「ワッショイ」ではなく、関西風の「セイヤー(ソイヤー)」の掛け声になる。一方、月島は明治の江戸川浚渫工事によってできた埋立地。最初は軍艦製造工場に監獄ができ、大正の好況期に工場ができた。それに伴い工場労働者や港湾労働者が住み着き、さらに商店が進出してきたという由来。この町は、関東大震災、東京空襲の被害を受けなかったので、古い町並みが残ることになる。また、戦前は船で、戦後はいくつかの橋で移動するので、しばらくは大規模開発の影響を受けなかった(たとえば東京オリンピックなど)。なので、執筆当時には「下町」の典型とされていた、とのこと。(とはいえ、月島の下町と映画「寅さん」の下町は異なることも指摘されている。「寅さん」のような濃密な共同体意識は月島にはなくて、月島はもっと個人主義だということ。)
 とはいえ、1980年代後半の土地値上がりはこの町にも侵入した。そこには晴海から先に埋立地を作り、都内の土地不足を解消しようという意図も反映していた。その手口は、銭湯を壊す→老人コミュニティの破壊→個別に買収(これは自分が品川区戸越で見た光景といっしょ)。下町は歯抜けのように空き地ができる。一方、佃町のリバーシティ21計画が進行中で、高層ビルが建て並んでいる。この雰囲気は、押井守機動警察パトレイバー」の映画第一作で味わえる。作中にも「リバーサイド再開発地区」などという言葉がでてくるしね。
(とりあえず2011年現在では完成済?
大川端リバーシティ21 - Wikipedia
 で著者の詮索癖は月島に関連したいろいろな人物、作品を見出す。
月島に住んだり育ったりした人 ・・・ きだみのる、大黒泉石、吉本隆明、矢代梓、笠井潔など。佃島だと島崎藤村小山内薫など(海水館というホテルに文学者が長期逗留して作品を書いていた時期があったとのこと)
月島が登場する文学 ・・・ 吉本隆明「エリアンの手記と詩」、石川淳「衣装」、三島由紀夫鏡子の家
月島が登場する映画 ・・・ 小津安二郎「風の中の牝鶏」、サミュエル・フラー「東京暗黒街・竹の家」
 伝説としては、黒沢明酔いどれ天使」の医師のモデルが月島にいた、ちばてつや「明日のジョー」の舞台が月島だった、など(いずれも著者の調査によって否定される)。
 そこに、月島の大祭、肉フライ(豚のレバフライ)やもんじゃ焼きなどの食品、月島の一軒家の設計の変遷、政府の埋め立て計画と利用、放浪者の集まる場所の考察などが加わる。この話題の広がりが面白くていっきに読了。
 こういう近代の都市(とくに下町)の風景にこだわった作家には永井荷風とか都筑道夫などがいる(二人は月島ではなく浅草を偏愛した)。月島や浅草が特別というわけではないと思うので、自分の住んでいる町を掘り起こしてみるのはおもしろそう。ただし彼らのように面白く書いて、その地を知らない読者をひきつけることができるかは別として。
 さて自分は1991-4年にかけて勝鬨にある会社に勤務していたことがあるので、少し土地勘がある。けれど、ひろい晴海通りをこえて月島にいくのは少し面倒だったし、飲みにいくなら銀座か新橋だった。なので、ここで印象的に書かれる仲町商店街は知らない。少し残念。

  

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