odd_hatchの読書ノート

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竹内靖雄「経済倫理学のすすめ」(中公新書)

 タイトルはあまり聞かない学問の名前であるが、これは経済学でも倫理学でもない。我々が日常で直面する問題に対して、徳や正義で判断するのではなく、人に「ノブリス・オブリージュ」のような態度を要求せず、感情をカッコにいれて勘定で判断するようにしよう、というもの。ケーススタディをしながら、勘定で判断する社会・経済や生き死にのことを考えてみる。

希少性の制約と倫理問題 ・・・ ここでは正義や徳の意味や定義は問わない。「人々が欲しがっているもの、必要とするものが全員に行き渡るほどは存在しないときに、どのようにしてそれを人々に分配すればよいか(P2)」の希少性の制約の問題を考える。このような考えをする時に感情をかっこにいれて「勘定」で考えるのがこの本の立場。
利他主義の限界 ・・・ 利他主義は賞賛されるが、それは世の中に利他主義の人がきわめて少ないから(まあ最初に淘汰されちゃうよね)。あんまり利他主義を要求する監視国家、収容所国家になるよ。あと、利己主義で私利私欲で行動しても、混乱は生じないから、市場はどうやら調整機能をもっているみたい、でも政府のようなレフェリー機能がないと困る。そこらへんはさじ加減で。アダム・スミスの「公正な観察者」を想定することで、この世界の運営は「神」なしでできるようになったとの由。
感情と勘定 ・・・ 倫理問題は感情問題だし、行動の問題であって、認識の問題ではない(自分なりに補足すると、倫理のもとになるような規範とか行動は共同体で要求したり、別の共同体でも期待できる内容なんだよね。なぜそれが正しいかどうかは本人はわからないし、共同体も説明しない。それに外れた言動には、人は論理ではなく、感情で反応してしまい、倫理問題は論理のふりをした感情問題になっている。でもそれを理解しているのは少数)。感情問題にすると他の人の感情に流されたり、とっぴょうしもない判断になったりするから、勘定(損得)で行動を決めるようにする。これが本書の立場。与えられた状況で、多くの人に妥当な、多くの人の利益になるような行動や選択をみつけるようにしよう。極端な状況(理想、極限など)から演繹された判断はしばしば不当であったり損になったりするよ。
交換の正義 ・・・ 正義とみなされるのは、他人を殺さない、他人のものを盗まない、借りたものは返すにまとめれる。これを破った時の応報にはいろいろなやりかたがあるが、近代になってからは交換の正義が守られるのがもっとも妥当とみなされる。売買の正義は市場の価格で交換されたり、犯罪の時には常識(慣例)と照らすと、交換比率は守られる。
分配の正義と嫉妬 ・・・ 分配にあたっては嫉妬の感情が入るから、公正である仕組みを考えないとね。あと、分配するのも権利とモノや金、ほかでは分配ルールは違うので、混同しないように。
競争とゲーム ・・・ 競争といえど無法ではなくて、ルールのあるゲームをしている。そこでは参加者がルールを守ることとレフェリーが監視することが求められる。無競争は監視・強圧社会をつくるので、廃止してはならない。与えられた初期条件(家柄とか資産とか)の差異は、機会均等を平等にすることくらいまで。初期条件のリセット、同一化はやはり監視・強圧社会になるもと。
自由をめぐる問題 ・・・ 他人に危害や不利益を与えない、公共の利益に反しないかぎり自由は尊重される。ただ、密接な相互依存関係にある他人に対しては自由を制限するパターナリズムの行使が許される。親子、兄弟、夫婦、その他の保護奸計、師弟関係、債権債務関係など(一部のビジネスにもありうるかも)。なお「不道徳」を理由にする自由の制限は問題がある。なお「革命をする自由」はないとされるが、暴力によらない革命の実例が東欧、アジアなどで生まれているので、そこは異議あり。まあ、革命ははた迷惑なので、現在の自由と民主主義の制度で変革が行われることが望ましいし、コストがかからなないのは同意。
金儲けの経済倫理学 ・・・ 過去では金儲けは悪であったが、いまでは「交換の正義」が実現されていれば問題なし。不正(情報の独占や価格つり上げなど)を起こさないようなルールと監視が適用されないといけない。嫉妬の感情で悪を見つけて、国家などに管理や保障を要請するのは不自由と不正を作り出すよ、やめようね。
福祉国家の経済倫理学 ・・・ 弱者救済をできる余裕を持つ社会になると国家は救貧などの慈善事業を政策としておこなうようになった。でも、国家が肩代わりすることで国民は「倫理的不感症」になりやすい。「働いて生活する」が原則なので、弱者の範囲は厳密に適用するべき。一方、経済の増加分を弱者に再分配すればよい。
(ここらへんは1989年初出の反映で、その後の不況では右肩上がりの成長はなくて、収入が減っている層が生まれているから、この章の議論はそのままではうのみにできない)
民主主義の経済倫理学 ・・・ 民主主義は金がかかるが、自由な競争(金の調達投入を含む)ができるのがよいこと。投票で多数の支持を得たものを「正当に選ばれた者」とみなす原則が大事。政治で利益供与と意思決定の交換が限度を超えて行われて、少数の利益のために多数の利益が損なわれることは問題。政治家の倫理を訴えるより、禁止事項を明確にし資金の調達と支出の公会を義務付けるほうが簡単で分かりやすい。
(書かれた1989年ころにはこの国の政治家の政治資金調達方法に問題が多々あって、政治家倫理を法制化しようとする動きがあったことの反映。なお投票で多数の支持を得たものを「正当に選ばれた者」とみなす原則は大事ではあるが、全権を委任したわけではないので、当選した議員に異議申し立てその他の行動を起こすのは当然の権利。陳情、街宣、デモなどなどは当たり前の市民の権利で、民主主義の健全化には必須。)
生と死の経済倫理学 ・・・ 生命至上主義は筋がよくない。医療の発達は希少性の制約にかかわる問題を生み出した。トリアージ、延命治療、脳死、臓器移植、出生前診断、堕胎、自殺など。
プロメテウスの倫理学 ・・・ 人口の増加と近代化によって新たな問題が生まれた。個人としては自分の利益になるように行動した結果が全体の不利益になり、次世代の子孫に重大な不利益を残すという問題。共有地の悲劇人口爆発、貧乏国への援助、動物愛護など。


 人生や社会の問題を感情ではなく勘定で判断するようにしましょう、そのとき「正義」「徳」というモラルは持ち込まないようにしましょう、という主張。たとえば「学歴社会の解決のために東京大学を廃止しよう」といういっけんもっともらしい主張は、別の大学が東大の代わりになるだけという視点を漏らしている。となると廃止のコストは別のコストと弊害を生み出して解決から遠ざかる。その主張には自分の中にある「東京大学とその出身者」に対する嫉妬の感情が含まれているのかもしれないという問い掛けが漏れていて、その問いを発することで舞い上がった感情をいったん冷静にすることができる。あるいは「大学入試の学生選抜に人格も反映しよう」という主張もあって賛同者が多いが、それでは「オタク」やコミュニケーションが苦手だが勉強はできるという学生を排除することになる。とすると、筆記試験一回で選抜するという昔ながらの方法は、もっと良い方法がありそうだが、とりあえず選抜の公平性を担保し、皆が慣れているからコストアップしないという便益もありそうだ。人格という数値化・客観化できない指標を持ち込むのは、政治家に倫理を求めるという結局何の成果もなさそうな迂遠な提案に似ている。そういう具合。
 あと感情で判断することの面倒くささは、説得にかかる時間が大幅にかかること。感情から生まれた主張や判断は激高した感情が慰められることが目的になるので、具体的な落としどころ、妥協点が見いだせない。いつまでも主張の対立が残り、それが解決するのに膨大な時間がかかる。成田空港をみているとそれこそ当事者の世代が入れ替わるまで決着しないことにもなりかねない。その間のコストは別の関係者に振り分けられ、社会全体のコストも上昇する。これは21世紀では原子力発電、放射能漏れで起きていることだ。まあ、生活保障への嫉妬とか、移民労働者への嫉妬とかほかにもあるけど(クイーン「ガラスの村」ラッセル「証人(@パニック・ボタン)」などの「感情による正義の実現」が参考になる)。
 とても強い功利主義。なるほど、ある種の問題には最大幸福原理と功利主義はとても便利。市場やビジネスであればステークホルダーの範囲が限定されていて、おおむね善悪や正義が共通理解されているから。そういう点では、インサイダーで起きていることに対処するときにはよい。しかし、社会にはマイノリティやほかの国の人などインサイダーではない人たちとコンフリクトを起こす問題がある。そのときには功利主義は使えない。生き方の原理原則には利害には還元できないことがあるし、利害を尺度にすることに反発を受ける場合がある。最大幸福原理そのものが成り立たないので、議論ができず、着地点や妥協点を見いだせない。この本の事例がインサイダーで起きるもので、マイノリティやほかの国の人との対立で起きているものがないことに注意。また人間の権利が拡大したときに、インサイダーの範囲が広がることがある。そのとき、もともといるインサイダーが新たにインサイダーが加わることに反対したり抵抗したりする。こういうときに功利や勘定などの単一の基準で決めるのもよくない(マイノリティの利益が無視されるとか、普遍的な善にもとる決定や判断がなされることもあるから)。
 したがって、功利主義の使用範囲は限定される。まあ、市場やビジネスで起きる交渉や分析には使えるかな。他の「正義」や倫理の本も読みましょう。この本がマイケル・サンデル「これからの「正義」の話をしよう」(ハヤカワ文庫)の主張に先行しているという議論もあるようだが、こちらはサンデルが批判している功利主義なので議論は当を得ていない。