odd_hatchの読書ノート

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マイケル・サンデル「これからの「正義」の話をしよう」(ハヤカワ文庫)-3

2016/07/6 マイケル・サンデル「これからの「正義」の話をしよう」(ハヤカワ文庫)-1 2010年
2016/07/5 マイケル・サンデル「これからの「正義」の話をしよう」(ハヤカワ文庫)-2 2010年の続き


 徳や善を考えるのはこの国ではなかなか難しい。日常ではそのような問題に出会うことはなくて、ルーティンの機械的な判断でほとんどの物事が解決するからだ。ときに利害や物事の見方に不一致があっても、第三者の仲介や法に照らし合わせ手解決することができる。しかし、まだ共通理解になっていなかったり、法が整備されていないような新しい状況に直面すると、人々の意見がさまざまにわかれ、妥協点を見いだせなくなって、論争になったり、社会の路上や現場でコンフリクトが起きたりする。
 その時の対処の仕方のひとつは、まず自分の感情で決めてしまうこと。これはとても危険。個人の感情はその人に固有の環境や歴史で生み出されるもので、思い込みや偏見が忍び込んでいたりする。とりわけ、物事が最新の科学技術開発や、人権範囲の拡大でおきているようなとき、新しさに対応できていなくて差別的になってしまいがち。
 そうすると、個人の経験や環境や歴史に左右されない一般的な原理原則に照らし合わせて、物事の「正義」や「徳」を検討し、新しい行動規範を作ることになる。照らしあうための一般的な原理原則として、これまでの人間が見出してきたのものには、1、効用や福祉の最大化、2.選択の自由の尊重、3.共通善の三つがあるというのが著者の考え。この見方の問題点は著者によると
効用や福祉の最大化: 正義や権利を原理ではなく計算にすることと、人間のあらゆる善を一つの統一した価値に当てはめ、ここの質的な違いを考慮しないことに問題がある。
選択の自由の尊重: こちらの考えでは計算にすることは回避できるが、尊重に値する権利を選び出すことはせず、人々の嗜好や欲求をあるがままに受け入れる。嗜好や欲求に疑問や異議をさしはさむように求めることはない(相対主義の行き過ぎに対する批判と同じだ)。
 そこで著者は「正義にかなう社会を達成するためには、善き生の意味をわれわれがともに考え、避けられない不一致を受け入れる公共の文化をつくりださなければならない(P407)」と主張する。正義には判断がかかわるから、物事を評価する正しい方法にもかかわるから、共通善という概念に照らし合わせることを主張する。そのような政治(それに参加する市民の考慮すべきこと)のテーマには、(1)市民権、犠牲、奉仕、(2)市場の道徳的限界、(3)不平等、連帯、市民道徳、(4)道徳に関与する政治、があるだろう。
 共通善という概念を知ったのが個人的には重要。なるほど、人間社会に普遍的な善とされることはあるはずなので、社会のさまざまなコンフリクトがあらわれたときに、共通善にのっとっているかで判断していくことは可能なように思われる。とはいえ、共通善の個々の内容となると、必ずしも明示できるわけではない。「殺してはならない」「盗んではならない」「うそをついてはならない」などはある程度普遍的といえないこともない。でも人権の範囲は、この国の中でも、あるいは他の国との比較でも決まってこない(LBGTだとか、女性の教育権、国内のマイノリティの政治参加の権利など)。そのうえ、人権や自由の範囲は社会の変化で変わってくる。アリストテレス奴隷制を擁護したし、ロックやルソーの時代には女性や子供の権利はまず認められなかったし、科学技術の発達は受精以後のどこから人権を認めるか定まっていないようだし、という具合。にもかかわらず、あるいはだからこそ、共通善の概念を持って、物事の判断をしていくことが必要。この国の中でも、その他の国でも不寛容がはびこって、マイノリティを差別・攻撃する行為がひろがっているので、対抗していかないとなあ。
 共通善や正義の根拠に、アマルティア・センの「人間の安全保障」という考えはしっくりくる。「人間の安全保障」は生存と生活を守り維持する仕組みで、人々を不利益から守り、苦難を回避するためのもの。これをベースに置くと、さまざまな問題で「正義」や善を実現する議論ができ、実効性のある政策や活動をすることができるのではないかしら。

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