odd_hatchの読書ノート

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柳広司「はじまりの島」(創元推理文庫) 博物学航海は進化論の始まりで、植民地主義の開始。

 一時期進化論の本をある程度読んだので、ダーウィンは気難しく偏屈で陰気な人物というイメージを持っている。なので、本書にでてくる20代前半のダーウィンの快活さや他者への配慮、なにより活動的な社交性には違和感があった。でも最終章で、引きこもりになった理由が説明されていて、作者の気配りが行き届いていることが分かった。
<参考エントリー>
チャールズ・ダーウィン「チャールズ・ダーウィン」(岩波文庫)

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 さて、イギリス貴族の息子のダーウィンは大学卒業後、探検航海の軍艦ビーグル号のおかか博物学者となって地球一周の調査旅行に出かける(軍艦に博物学者を乗せるのは当時の習慣)。航海中いろいろあったが(南米で上陸休暇したものが熱病にかかって死亡するなど)、3年目には今でいうガラパゴス諸島に到着する。ビーグル号の乗組員から船長、ダーウィンほか11名が上陸することになった。迎えに来るのは1週間後。完全な無人島(アメリカの鯨取りがカメの捕獲で短期滞在していたがすぐに退去)。
 そこで連続殺人事件が起きる。最初は、非ヨーロッパ人の習俗・考え方になじめない宣教師が絞殺される。過去の探検航海で保護したフエゴ・インディアンの娘が背後から頭を殴られ(一緒にいるインディアンの青年が許嫁)、コックが行方不明になりのちにカメの泉と名付けられた湧き水池で発見される。娘は手紙の呼び出しで一人宿営地を離れたが、その手紙を書いたチャラい仕官候補が船長によって拘禁を命じられる。仕官候補はいきなり船長こそが前の事件(熱病死)の「犯人」だと弾劾。船長は「私は狂っている」といって、テントに引きこもる。ダーウィンは航海中に手に入れた薬(幻覚剤で覚せい剤)が何者かに盗まれたといい、それが船長に投与されているのではないかと疑う。ダーウィンの依頼で博物学図をスケッチする画家が首を絞められ、船長の付き人もまた行方不明になり死体が発見される。そこに季節外れの嵐がやってきて、彼らは孤絶してしまう。
 このような人物配置がフォード監督の「駅馬車 Stagecoach」1939年そっくりになのに気が付いた。この映画に登場するキャラクターのいちいちがこの小説に投影されていると思いなせえ。「駅馬車」も「嵐の中の山荘」でキャラクターが角突き合わせる物語なので、親近性はありうる。
 1835年の出来事で、しかも外界と途絶した状況での犯罪。科学的捜査はなかったし、できないし、治安警備の組織もないので、権力者である船長から捜査権を委譲されたダーウィンが捜査を担当する。ダーウィンの方法は観察と実験という科学的な方法で、のちの名探偵と同じ。さらに彼は博物学者なので、種の違いを優劣と見ない。そういう差別や偏見から自由になっているのも、探偵業になれる資格を有している。
 事件はHowやWhoにはこだわらない。実はヴァン・ダインの二十則を破っているのだが、それを破る根拠はすでにダーウィンが口にしている。あわせて意外な動機の新機軸。こういう動機は京極夏彦のある長編でしか見たことがない。
 その動機はダーウィンの思想(のちに「種の起源」にまとめられる)に由来するとされるのだが、これから読む人のために補足すると、無関係。スペンサーなどの俗流進化論と排外主義が混ぜ合わせになったカルト思想で、のちにナチスホロコーストを正当化するのに使った詭弁です。進化論はそれまでの神から無生物まで「生命の大いなる連鎖」を破って人(と神)の優位性をくずしたし、博物学航海は人種間に優劣をつけられない文化相対主義をもたらしたが、本書で肯定的に扱われている過度な相対主義はだめ。みんな等しい、差異に優劣はないというところから、過度な功利主義独我論にいってしまい、ヘイトクライムとジェノサイドを肯定してしまうからね。読了後がっかりするのは、そういう事態を経験したうえで、最終章で開陳される事件のまとめが「夢を見るだけだ」と引きこもりと無責任になっていること。ダーウィンはそう生きたから仕方ないが、21世紀のメッセージではないよ。
 進化論をある程度勉強したものからすると、ダーウィンの思想やその反発に関する描写は物足りなかった。高校の科学で学んだ知識と説明に終始し、そこからはみ出るものはない。もう少し突っ込んだ議論を読みたかったが、作者は読者が知っていることだけで十分と考えたのかなあ。

 

2020/05/29 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年
2020/05/28 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-2 1858年

2020/05/26 チャールズ・ダーウィン「種の起源 下」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年
2020/05/25 チャールズ・ダーウィン「種の起源 下 」(光文社古典新訳文庫)-2 1858年