事前に短編「ウォー・ゲーム」を読んでおいた方がよい。この短編の描かれた状況が長編「ザップ・ガン」の延長にあり、短編にでてきたギミックが長編にも登場するから。
とはいえ、作者本人が「最初の150ページは、ほんとうに読めないよ。文字通り読めないんだ。後半はまあまあだけどね(P362)」といっているように、本編はぐだぐだ。初期から中期の長編濫作期の作品を呼んできたけど、これはそうとうにひどい。筋を追うのも、キャラクターに感情移入するのも、問題を摘出しようとするのも、どれにも意欲がわかない。細部は面白いのだがなあ。
2004年ころの地球。ウェス・ブロックとピープ・イースト(人民東側)に二分されていて、終わらない戦争を継続中(でもこれは両ブロック政府で作られたまやかしの戦争)。市中には敵側のスパイがうようよ。そこにいきなりシリウスからきた異星人が衛星を打ち上げて、地球を侵略しようとしてきた。異星人は異形で人間を奴隷にしようとしているらしい。既存兵器では歯が立たず、至急に対策をとらなければならない。ここらへんは執筆当時の国際情勢の反映。異星人はキューバ危機とかベトナム戦争の暗喩になるのだろう(もちろんデビュー期からのPKDのオブセッションである宇宙からの見えない監視や侵略でもある。これがのちに「VALIS」イメージに結実する)。
主人公は、兵器ファッション・デザイナー(なんて職業!)。薬物などの力を借りてトランス状態になり、未来予知能力他を使って、この世にない兵器のデザインを持ち帰る。これを実現したものが、メディアで公開される。そのうえ、兵器の民間転用を検討する委員会がああだこうだといえるが委員はくじで決まるので委員は社会の花形。そんな社会なので、兵器デザイナーは社会的名声をもち、政治の深いところに関係できる。ウェス・ブロックの兵器デザイナーであるラーズ・パウダードライ(この名前、冗談でつけたのか?)は深刻な悩みをもっていた。ひとつは才能の枯渇。若いデザイナーはたくさんいて、ラーズの椅子をねらっているし、一方で自分の能力の限界が見え始めている。なのでトート博士(この名前、冗談だよなあ。作中で明らかにされるようにドイツ語で「死」を意味する)の処方するドラッグを常用している。もうひとつは愛人であり自社のパリ支店の社長マーレンとの関係。すばらしい体に、優秀な頭脳。部下としては申し分ないがラーズをいたぶるので、ラーズの神経症状は悪化している。別れたいと思いつつ、腐れ縁が続く。というエリートの日常と退屈が前半。たるい。
後半になって、ウェスのCIAとイーストのKVBは兵器デザイナーの共同作業をすることを決め、中立地帯のアイスランドの研究所に集まる。イーストのデザイナーは17-18歳にみえる若い23歳の女性リロ。ティーンエイジャーみたいな女の子にラーズは一目ぼれ。このあとスパイ合戦みたいなことがあり、リロはアメリカに亡命。おりからの異星人襲来に対抗するため、トランス状態になるが、まるでぱっとしない。また紆余曲折があり(彼らのデザインが市中にもれて三文パルプコミックに登場していて、元凶をさぐるなど)、この宇宙人襲来を回避した未来人(認知症でまともな話ができない)から知恵を借りることにする。結局、あるおもちゃ工場で作られている新型おもちゃが有効であるということで、ラーズはどれが兵器になるか調べる。スパイ合戦は読ませるものの、キャラの深みがなくて、読むのがつらい。神経症に悩む中年男性のもとに救いの手を差し伸べるのが、気まぐれで無意識で他人をいたぶるティーンエイジャーの女の子というのは、PKDに何度も繰り返される。実際、PKDはそういう結婚を何度か繰り返した。想像力が枯渇した状態の時に、本心があらわになるのかしら。
ラーズとリロの関係はうまくいき、異星人の侵略も新型兵器(たしかタイトルの「ザップ・ガン」はどこにも登場しなかったぞ)で撃退できた、というめでたしめでたしの終わり。ただPKDは読者にカタルシスを安易に渡さない。ラーズとリロの物語が終わったあとに2つの章がある。短編「ウォー・ゲーム」のような不安を残すので、やはり短編、長編の順に読んだほうがよい(マニアにだけ推奨)。
1964年4月15日SMLA受理、1967年出版。