odd_hatchの読書ノート

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江戸川乱歩「怪人二十面相」(講談社文庫)

 1980年までに小学校を卒業した人には、江戸川乱歩の児童読物の読書体験があるみたい。おどろおどろしい表紙に、奇怪な犯罪とその謎解きに魅了されたのかな。自分はあいにく江戸川乱歩体験をもっていないので(かわりに戦記ノンフィクションとファンタジーを読んでいた)、さらにラジオやテレビの「少年探偵団」にも興味をもたなかったので(主人公が変身するものばかりをみていた)、乱歩の探偵にも怪人にも出会ったのは、成人してから。そういう遅れてきた読み手。

 昭和11年1936年に講談社少年倶楽部に連載された児童読物。
 物語は三部構成。第1部は麻布の羽柴家のダイヤモンドと仏像の盗難事件。二十面相が忍び込み盗難に成功するものの、子供の仕掛けた罠で傷を負う。そこからいかに脱出するか、そして警察の警備のなかいかにして盗難を実行するか。第2部は、羽柴家の事件を首尾よく成功した二十面相は伊豆の日下部家から秘蔵の古画を盗み出す。満州から帰国したばかりに明智小五郎に警備を依頼するもまんまと実行されてしまう。インターミッションになって、明智と二十面相が都内のホテルで歓談するというエピソードが差し込まれる。第3部は東京の博物館から国宝級の宝を全部まとめて盗み出そうという試み。ここで明智小五郎も本腰をあげて捜査に乗り出すが、助手の小林少年にはなんとも不思議な指示をするばかり。そして、羽柴家の少年と小林少年が意気投合して、少年探偵団を結成する。
 宝石や美術品に目がなく、しかし殺人や傷害など人を傷つけることは大嫌い。計画のためには金に糸目をつけず、さまざまなギミックをこしらえた複数の隠れ家を持ち、いったい何人いるのかわからない数の部下を持っている。盗難した宝石や美術品はもっぱら鑑賞用。となると、彼のプロジェクトの資金はいったいどこから生まれるのか、コストを払ってでも達成するべきプロフィットを犯罪で得られるのか不安であるが、まあそこは不問にしておこう。彼の欲望はどうやらそれらの宝を所有するという資本主義や貨幣経済にあるのではなく、冒険そのものにあるらしい。こういう精神の貴族がまず読者のこころを奪うのだろう。しかも世間に犯罪を予告し、その反響を気にするというところにも、彼の演劇的な身振りが気になる(そうか、怪人二十面相はどこかの企業とタイアップするか企業を経営しているかと思えばよいのか、というような読み方はだめだめだけど)。
 明智にしろ羽柴家、日下部家にしろ、家庭や住居は当時の読者たちより少し上の階級。そこに登場する子供たちは、個室を与えられ、女中や書生の世話を受けて、小遣いもたくさんもっている。このあたりはあこがれの世界(1930年に同じ雑誌に連載されていた佐々木邦「苦心の学友」も似たような階級の家を舞台にしている)。ただ、勉強を強制され学校でよい成績を取ることを要求されている。ここは読者にも起きている事態。当時の読者にしろ、そのあとの世代の読者にしろ、小林少年や少年探偵団に憧れたのは、自分の身の回りの不自由から解放される手段であったのだろう。自分とほぼ同年齢の子供が明智というやさしく物分かりの良い大人と付き合い、彼と同等の立場で会話を交わし、自発的な行動が大人の鼻を明かしていくのだから。そのような行動が現実では行えないほどに抑圧されているのだから、小説の中だけでも抑圧からの自由を獲得したくなるわけなのだろうね。
 あとは、明智小五郎と小林少年の関係についてかな。この二人の細やかな情のやり取りの美しさ。怪人二十面相はこの二人の情愛にやっかんで、ちょっかいをだしてくる意地悪なおじさん。しかも子供からすると、明智小五郎怪人二十面相も相思相愛にあるかと思えて、そこに嫉妬の感情も生まれるだろう。この三角関係が決着をつけることなく、続くのが「少年探偵団」のシリーズなのだろう。