odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

倉知淳「星降り山荘の殺人」(講談社文庫) 「吹雪の山荘」ものはたいていの思いつきはすでに書かれていて、新しい趣向を見つけることが難しい。よく健闘している異色作。

 「雪に閉ざされた山荘。そこは当然、交通が遮断され、電気も電話も通じていない世界。集まるのはUFO研究家など一癖も二癖もある人物達。突如、発生する殺人事件。そして、「スターウォッチャー」星園詩郎の華麗なる推理。あくまでもフェアに、真正面から「本格」に挑んだ本作、読者(あなた)は犯人を指摘する事が出来るか!」

 集まったのは、山荘の持ち主の社長とその部下、UFO研究家を名乗る男、少女小説作家(ライトノベルという言葉はまだない)とその秘書、スターウォッチャーなるタレントとそのマネージャー、クラブでバイトする二人の女子大生(死語か?)。山荘に出入りしたのは、出張料理人たち(近くのホテルに依頼)。で、上のように殺人事件が起きる。犯人捜索と山荘脱出が同時進行。さて、彼らは魔の手をのがれることができるのか?
 ミステリーには吹雪の山荘ものというジャンルがある。吹雪でもいいし、嵐でもいいし、なんらかの事情が起きて、ある集団が山荘でもいいし孤島でもいいしどこかに閉じ込められて、外部との連絡が取れない状況になるというものだ。そこで事件が起こるのだが、当然、容疑者は閉じ込められた限られた人数に限定されるわけであり、同時に捜査当局が介入することができないので、科学的な物証をえることができず、論理性をもって犯人とそのたくらみを暴くことになる。もっとも高名なのはクリスティ「そして誰もいなくなった」であるだろうが、クィーン「シャム双生児の謎」「スペイン岬の謎」、クリスティ「シタフォードの謎」「オリエント急行の殺人」などが先行して書かれていた。カーにはそういうのがなさそうだな、思いつかないや。
 一箇所に閉じ込められているという閉塞感と、容疑者は限定されていながらも特定されないまま被害が自分に及ぶかもしれないという焦燥感が読み手の心をしっかりと奪うことになる。書き手の側からすると、状況が制約されているために解決を案出することは難しく、逆にうまく書けると気持ちのいいカタルシスを得られるのだろう。まあ、ある意味作家としては密室と同じくらいに魅力的な設定であって、このサブジャンルに挑戦していない人はあんまりいないのじゃないかな。
 逆に言うと、非常にたくさん書かれているので、たいていの思いつきはすでに書かれていて、新しい趣向を見つけることが難しくなっている。現代を舞台にすると、電話架線が切断されたとしても、携帯電話がつながるようになっているから、時代を変えるか設定を強引にするか、「吹雪の山荘」という状況を設定することが大変なことになっている。さらには、なぜそんなにリスクの高い状況で犯罪を起こさなければならないのか、そこに理屈にあうだけの理由を考えなければならない。これも大変なこと。そこまで追い込まれたか、計算してのものか、しっかりとした設定を作る必要がある。これも面倒で大変なこと。100冊くらいよむと、「吹雪の山荘」のトリック分類なんていうのができるかもね。
 さて、これは最近(といっても10数年前)の異色作。秩父の山奥で吹雪に閉じ込められるというのは、舞台が地元の近くのものには説得力に乏しいけれど、まあいいや。作者の趣向はいかに犯人を隠すか、ということにあって、それには成功。ブラウン神父ではないけれど、「木の葉は森の中に隠す」というように奇矯な人物ばかりを集めれば、それが隠れ蓑になるというところかな。もうひとつは、最も人生経験の少ない青年の手記にしたことで、人間観察が不十分であるということがしかたないと思わせたことだろう。