odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

スタニスワフ・レム「枯草熱」(サンリオSF文庫)

 火星飛行士だった「私」は探偵に転職し、ある「事件」の調査を依頼される。50歳過ぎの中年男性が泳ぎに出て溺死したり、狂って窓から飛び降りたり、高速道路を歩いて轢き殺されたり、拳銃を口にくわえて自殺したり。その数12人。共通点はというと、50歳くらいの独身男性、美食、禿げ頭、重要なのは枯草熱の治療をしていること。初出の1976年だと、枯草熱、今の言葉で花粉症はそれほど話題になっていなかった。実際、自分が花粉症にかかったのは25歳の1980年代で、そのときにはTVや新聞のニュースになっていた・・・閑話休題

 レムが探偵小説を書いた、それもハードボイルドだ!! と驚愕したいわけだが、この生粋のSF作家が書くと奇妙な方向にずれてばかり。すなわち、「私」が探偵になったのは、警官だったとか身近に探偵がいたからとかではなくて、火星探検という純粋体験をしてしまって(向こうでなにを見聞したのかはかかれない)、地球ではまっとうな仕事をする気になれない(おしきせの会社のひとつはもらえたろうけど)。それに探偵とはいいながら、およそ地道な捜査には不向きで、関係者の誰かに会った形跡はない。では何をしていたかというと、事件の概要を何度も読み返すか、別ルートで捜査している警官ほかの調査の進展を聞くことくらい。ホテルにいるか、当地の研究者の家を訪問するか、がせいぜいの行動。
 しかし、世情は1975年当時をほぼ正確になぞっていて、すなわちローマの空港で前を行く日本人が手りゅう弾を取り出し、自爆テロを決行するし(テルアビブ空港で日本人テロリストが小銃乱射の末に自殺するという事件が起きている)、左翼過激派のハイジャックや高官誘拐が起きているし、LSDほかの向精神薬がたやすく入手できるし。火星探検ができるというから、この地球ではないのだが、おおよその歴史とテクノロジーは地球と同期している。
 という具合に、およそ探偵には向かない男が間違っていてばかりの捜査と推理をしているわけだ。このとき、探偵が興味を持つのは「事件」ではなくて、その解釈か「私」の内面そのもの。探偵する私とはなにものか、「私」の体験は事実を再構成することができ、「真実」を発見することが可能なのか、もっとおおきくいうと、「私」の理性は世界を解釈できるのか、どこかに思い込みとかドクサで勝手に作り上げたイメージを世界に押し付けているのではないか。こんなあたり。まあ、ダメな探偵がいい加減な捜査をするというので、ゴダールの映画「アルファビル」「探偵」を思い出しました。あれほど構成やプロットをぐちゃぐちゃにしているわけではないけど。それでも、冒頭は雨中で運転している「私」のモノローグ、次章はローマの自爆テロ、三章は事件の概要。ここまでで小説の半分。そのあとも、「私」と精神科医との会話が延々と。という具合に探偵小説らしいストーリーは進展しないし、それらしいシーンも現れない。あげくの果てには「さて皆さん」から始まる事件の説明もないという次第。いや、もちろん「事件」は解決する。複数の化合物を別々に飲むことで、向精神作用が発生し、自殺衝動が高まるというわけだ。化合物の正式名称も登場する説明は、どうも小栗虫太郎の法水探偵にふさわしい。
 あと、ラストシーン近くで「私」の体験する幻覚の描写が緻密で的確(そんな経験はないのに言い切る自分)。この迫真的な描写で思い出したのは、PKDのいくつか(「火星のタイムスリップ」「暗闇のスキャナー」など)。ドスト氏の「白痴」は未読なので比較できない。
 マーロウやアーチャーの捜査は限られた関係者の網を丹念に追うことで、過去の因果と現在の桎梏を明らかにする。でもここではそのような関係者の網はないし、因果の結ばれも、現在のコンプレックスも存在しない。となると、「解決」できたのはひとえに偶然だった。なにしろ「私」が被害者と同じ性質をもって、「事件」を追体験したので、真相が明らかになったのだ。となると、探偵は偶然と必然について憮然とするのだが、最後の精神科医の3行が素晴らしい。そこにおいて、読者が小説の登場人物にされてしまい、読む行為はそのまま探偵である「私」の行動に重なるのだ。小説の中と読者の垣根をぶち壊す仕掛けがしっかりと決まった(クイーン「エジプト十字架の秘密」のよう)。
 みかけはできそこないの探偵小説。中身は多義的な実験小説。こんなストーリーは他をちょっと思いつかないな。すげえ。(そのかわり本文はそうとうに退屈なのだがね。)