2013/09/27 笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-1
前作「哲学者の密室」のラストでナディアは死の哲学を克服するのに、愛の可能性を示唆した。本作で愛の現象学が語られる。きわめて図式的にまとめるとこんな感じ。
愛には様々な形態と対象がある。でも、3つに分類可能で、自分を対象にする自己愛、単独の他者に対する愛でいわゆる恋愛がそれ、複数の他者に対する愛でいわゆる隣人愛。これらのもとをたどると母性愛に帰着する。自他未分離の乳児のとき、最初に母を認識して自己と他人を区別する。そして最初の他者である母と同一化する欲望が生まれ、母-子の関係が愛の基本になる。ただ、性差があって、愛の形態は男女で異なる。すなわち、母になれる子が女であって、母になれない子が男である。
この後の思考がよくわからないのでいいかげんにトレースすると、上記の愛の形態は視線のあり方に関係して、「ならびみ」「たがいみ」「わたしみ」という3つの「見る」がある。ここでもんだいになるのは「ならびみ」で、ここではむかいあう他者の視線で「見られる」ことが発生するがそれは「見る」の反転ではないので「みられる」ことは自分の中に不安を起こし、「みられる」をさらに見たり、みられることを遮断したりする。そういう風に自分と他者の関係は対照的にはならない。すると「みる」行為を強化した人には権力がが生まれるということになり・・・この先の権力論は次のエントリーで。
さて、話は愛とは相反する「殺す」になり、人はなぜ殺さないかというと、共同体と社会契約したからで、共同体の法や神の禁忌によって「殺さない」かわりに「殺されない」保証を共同体によって保障されているから。共同体の利害によっては殺すことが正当化される局面がある。戦争とか粛清とか見せしめとか。では共同体から離脱して殺されない保障を破棄すたものは殺すを正当化することができるかとなると、あると考える立場は想定できる。まあそんな考えで殺すを実行すると共同体が寄ってたかって神や法で有無を言わさず処罰するからね。共同体から逃げられる場所は地球上にはたぶんない。
自分は殺すことができるの後には、他者が自分を殺すことが許されるかという問いになり、許されるという立場と許さないという立場がある。どうにも後者は我がままかってに思えるが、カケルによるとこちらのほうが論理的整合性があるという。
「方法的懐疑を提唱した哲学者によれば、われわれが現実であると思いこんでいても、実は夢を見ているにすぎないのかもしれない。これが現実の世界なのか夢の世界なのかを、私は原理的に決定しえない。他者は私を殺してはならない。世界が必然的に私の世界としてあらわれる以上、私と他者は同格の存在ではないのだから。私が消えれば世界も消える。だから、私の世界のなかにある他者は私を殺してはならない。私を殺せば、私を殺した他者も消えてしまうんだ。しかし私は他者を殺してもよい。(光文社文庫上巻P98-102)」
「人を殺さないという倫理の根拠を。現象学的に考えれば、きみの存在も僕の意識の水面に映し出された影にすぎない。しかも意識の外側にはなにもない。厳密にいえば、あるともないともいえないんだ。きみが僕の夢にすぎないなら、どうしてきみを殺してしまうことに不都合があるだろう。きみにとっての僕も同じことだね。しかし、殺さない根拠が絶対にないというわけではない。もしも、自分が誰かの夢にすぎないと思うことができれば」……わたしがカケルの夢にすぎないと思うのなら、わたしはカケルを殺すことができない。「倫理は、『殺してはならない』というところになんかない。たんに殺さない、たんに殺せないという事実が、倫理的なるものの根底にはある。(光文社文庫下巻P539)」
なんだそうだ。まあ、共同体の外に出て孤独であることを決意した独我論者にとって、「殺す」や愛の対象としての他者はいないということになる。となると、行為や行動としての愛は意味がない、というか存在しない。ナディアが共同体の一員として法を順守したりや神の掟に従うかぎり、外にでた単独者としての駆は愛の応答をしないということだ。まあ、「青銅の悲劇」でナディアは「駆を殺す」ために日本に来るそうなので、その理由の一端はこの本にあるのだろう。彼女が単独者になったのか愛憎の果ての殺意なのかはわからないが。
とはいえ、われわれのような凡庸な生活者、国家のサービスの享受者は共同体の外に出ることはまずできない。作中にあるように、内と外は境界をひくことにあるが、分けることはわかること。境界をひいた途端に外であったものは中になってしまう。外は不在でしか現れない。もし「外がある」と宣言するのであれば権力者としてふるまうことになり、決して外を体験したわけではない。自分にはこの議論は「神」と「イエス」を考えることで納得できた。
(続く)
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