odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

小田実「世界が語りかける」(集英社文庫)

 1979年初出。収録のうち「90日間世界を翔ぶ」は週刊プレイボーイに連載されたのではないかなあ、確かな記憶ではないのでまともに受け取られると困るけど。

 さて主題は例によって、世界各地の旅だ。1977-79年にかけて、いろいろ経巡った。通り一編の、あるいはパックツアーの旅ではなくて、行き会ったりばったりの、しかし目的を持ったたびだ。なにしろ、アメリカ脱走兵の支援をしたということで(ほかの理由だったかもしれない)、アメリカ合州国はビザをなかなか発行せず、しかもこれが最後で2回の出入りだけ認めるというなんともおかしな制限付きのビザをもらっての旅だ。もちろんニューヨークにもいき、ブロードウェイもウォールストリートも歩くが、町はずれの倉庫街も歩くという次第。たぶんソーホーに芸術家が集まったという記事の最初のひとつだと思う。そういう著者なので、彼はアメリカを行くときでも意識的に場所を選ぶ。ニューヨークやワシントン、ラスベガスは移動の拠点になるので仕方がないが、彼の行くのはロスアラモスにオライビだ。前者は核兵器の研究所があり、最初の原爆実験の行われたところ。後者はインディアン居留地
 アメリカをでて行くところは、テニヤン島、ナウル島、メキシコシティプエルトリコパレスチナレバノンアルジェリアというところ。当時になかった言葉を使えば<デモクラシーの帝国>の「植民地」めぐり、ということになる。昔ながらの直接統治はしない。しかし、その国にある巨大企業(ときにはこの国の企業も参加)がその場所にしっかりと網の目を張り巡らし、どんな経済活動もその企業の利益になるようにし、それを拒否するようになるととたんに圧力をかけてくる。政治参加をしようにも、がんじがらめの網の目がやはりそこにはある。それは人々の意識のなかにもあって、どうしようもなく差別の網の目も張ってあって、著者のように場末に生きるちょぼちょぼの人と同じような場所で安ホテルに泊まり、彼らの使うレストランに行くとなると、差別を受ける側を強烈に意識することになる。そういう場所が、世界の各地にあって、<デモクラシーの帝国>の網の中にあり、決して中心にはいないこの国ではなかなか見えてこない。もちろん、最終章にあるような大阪・猪飼野とか(いまなら東京・大久保か)に行けば、そのような場所に行けば明瞭なのだが。
 そういう場所にいき、ちょぼちょぼの人々と会うと、世界とのかかわりや歴史の見方も変わってくるし、深まりとか広がりとかも変わってくる。印象的なエピソードは、アルジェリアの人々。フランスの植民地であった時代、フランス軍が撤収した時期がありそれは第2次大戦のこと。そのときアルジェリアの人はフランスに抗する日本の勝利を願ったという。おなじくアルジェリアで、フランスは130年の占領統治を行い、現地の人々をフランス流の教育をさせた。そのために年長者はフランス語しかしゃべれず書けず、独立後のアラブ語を話す青年に抗議を受ける。そのとき彼は「俺たちはフランスによって<デラシネ(根こそぎ)>された」と叫ぶ。あるいはギルバート諸島のひとつナウル島のマネアバ民主主義。議事堂のような建物はなく、木で作ったテント風の小屋に人が三々五々集まって、憲法案を作る。そこでみんなが承諾しても憲法は有効ではなく、参加者は島に戻り同じことを島でやって承諾(というような手続きはなくて、たんに話あうことを延々と続ける)されなければならない。まあ、こんなふうなこの国のなかの出来事と人をみているだけでは、知ることのできないありようを知ることになる。「地図を作る旅」にあるように「目からうろこがとれる」わけだ。
 世界をほっつき歩き、そこですれ違う人を見る。そして彼らのものの見方・価値観・思想・信条の中に自分を置いてみる。それに自分をぶっつけてみる。そういう体験をしなさい。というのがこの本の主題。精神でも肉体でもタフな要求だ。そういうぶつけ合いにめげて、この国の価値観とか思想・信条に閉じこもったり、ぶつかりをさけてはなから閉じこもったりする例は列挙のいともがないものね。