アマルティア・センの講演集第2弾(2006年)。アマルティア・セン「貧困の克服」(集英社新書)の続編のような位置づけ。
安全が脅かされる時代に 2003 ・・・ 基礎教育を充実させ普及することによって、社会の安全と公平な場所にしよう。識字、計算、意思伝達が基本。基礎教育を普及することで、就業、政治参加、健康な生活を実現できる。
人間の安全保障と基礎教育 2002 ・・・ 「人間の安全保障」は生存と生活を守り維持する仕組み。不利益から守り、苦難を回避するためのもの。基礎教育、とりわけ女性に対する教育が大事。インドほかのナショナリズムが教育蔑視や排除に動いているので注意しよう。あと西洋は「文明の衝突」などで西洋の原理を優越を解くけど、それは誤解や偏見が含まれているよ。「人間の安全保障」概念は別にまとめる。
人間の安全保障、人間的発展、人権 2003 ・・・ この3つは補完しあう概念で、相互に高めあうことができる。
グローバル化をどう考えるか 2002 ・・・ グローバル化は西洋化と同一ではなく、機会と報酬を得ることのできた歴史的プロセス。なので、グローバル化の是非よりも、利益や平等の分配を行う制度的枠組みがバランスを欠いている。グローバル化に関係する企業や組織の「怠慢」や「遂行」をチェックし、改善する改革が必要。
民主化が西洋化と同じではない理由 2003 ・・・ 民主化は公開選挙に限定されるわけではない。西洋以外でも「公教の論理」(多元主義、多様性、基本的な自由)と寛容を貴ぶ思想や社会があった。民主化では、公の場での自由な議論と相互の協議の保障が重要。民主主義は、構成員に災害の被害を最小限にし、健康や衛生をもたらし、経済発展に貢献する。
インドと核爆弾 2000 ・・・ すでに核兵器を保有している国での抑制のための議論。核兵器の開発や軍事費増加よりも周辺諸国への支援や交流のほうが「人間の安全保障」と「国家の安全保障」にあう。
人権を定義づける理論 2004 ・・・ 人権は国籍や国の法律と関係なく持っていて誰もが尊重しなければならない権利。これは功利主義からは導かれず、法的権利とも異なる。倫理的な要求から生まれる権利。さまざまな人間の自由のなかから、重要性と社会を動かす力を持っているのが人権になる。新しい人権が提案されたときには、情報に基づいた公開の精査で検討される(文化、国家、民族などの壁があると主張されることがあるが、情報を増やし精査することで乗り越えられる)。人権は認知、運動、立法化のプロセスで定着していく。なので、理論と実践を同時に行うことが大事(理論と実践の「貿易収支は赤字にならない」と読者を励ましている)。これはサンデル「これからの「正義」の話をしよう」(ハヤカワ文庫)に続けて読むべき。終章で提示されたことをさらに進める議論になっている。
持続可能な発展―未来世代のために 2004 ・・・ 持続可能な社会を資源や生活水準だけではなく、持続可能な自由という観点からもいるようにしよう。
「人間の安全保障」は生存と生活を守り維持する仕組み。不利益から守り、苦難を回避するためのもの。これには以下の要素が含まれる。
1.「個々の人間の生活」に重点を置く(軍事や国家の安全保障とは別)
2.「社会及び社会的取り決めの果たす役割」を重視
3.人間の生活が「不利益を被るリスク」に焦点を絞る
4.「より基本的な人権を強調し、「不利益」に特に関心を寄せる
その実現によって、生活が脅かされる機会を減らす、収入の多い仕事に就業する機会を増やす、法的権利を理解し行使する能力をもつ、社会の犠牲者や弱者の声を広げ不安の解消につながる、特に女性の幸福(ウェルビーイング)を増やし尊重されるようにすることができる。
この本で概略されるのはこのくらい。詳細な議論は別の本を読まなければならないだろう。うーん、すごいとうなってしまうのは、功利主義のうすっぺらな議論を乗り越えていて、またカントの「他人を目的にする」を含んでいて、アリストテレスの共通善の考えにもつながる。最初の3つと「人権を定義づける理論」を熟読しよう。
社会や市場の問題で、コンフリクトが起きたり、複数のさまざまな意見の対立に混乱するときがある。そこで「正義は複数」「人や集団によって正義や善は異なる」「正義や善はうそっぱち」などと思考停止してはならない。なるほど複数の意見や対立ではそれぞれに「正しい」ことや納得できることが含まれている、あるいは集団ごとに利害が異なり、社会の政策や市場の判断、あるいは個人の行動性向でトレードオフになったり、他者の権利や利益を損なうことはある。そこで居直ったり、自分の感情を優先したりしてはならない。「人間の安全保障」に照らし合わせることで、より多くの人に正しく、利益が配分されるような行動や判断ができるはず。まあ、人のやることだから失敗もあるだろうけど(だからこそ社会や経済の政策になるほど慎重な議論が必要なのだが)、批判や検証や精査をすることで、より「人間の安全保障」を実現するようにできるだろう。重要なのは「人間の安全保障」は概念も範囲もどんどん変化しているということ。ある時点の判断が、その後の判断でも有効になるとは言えない(低所得者や女性が参政権をもつようになったのは20世紀になってからだし、人種差別や公害や戦争犯罪などで人権が広がっているのだし、技術が市場化されて新たな権利がしょうじてきたのだし)。なので、「人間の安全保障」のアップデートと更新を頻繁に行って、最新状況を知っておく必要がある。
そのうえで、さらに理解を深めるためにも、人権拡大の運動の動静を知り、できればできる範囲でコミットしよう。「人権を定義づける理論」にもあるように、権利と義務と自由は理論と実践を行き来して認知と定着が進むから。