odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「遥か、南へ」(文春文庫)-1 二組の故郷喪失者が自己回復のために南の沼地に向かう。

  原題「Gone South」。まだ翻訳のでていない1993年冬にサンフランシスコに出張したとき、空港の書店でハードカバーの新刊を購入した。それから2年後の1995年1月で読了したという記録が残っている。邦訳が出ていない昔(1995/02/05)、こんなことを書いた。 
 その後、邦訳がハードカバーで出て、文庫にもなった。やはり原語で読むとなると細部の把握がいいかげんになるものだ。

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 「舞台は1990年頃のアメリカ、ディープサウス。ベトナム帰還兵ダン・ランバートは妻と離婚し、しかも白血病のため余命のない身を一人で暮らしています。彼の唯一の財産は一台のピックアップトラックですが、借金返済のかたに銀行家が取り上げようとします。口論から取っ組み合いになり、銀行家が取り出したピストルが暴発。銀行家は死亡します。 銀行家の後継者は彼に賞金を出し、フリントとプレヴィス・エズリーという二人のバウンティ・ハンターを差し向けます。
 彼の逃避行。立ち寄った先の牧師や呼び出した妻は彼を理解しますが、あるモーテルに宿泊したとき、彼に賞金が出ていることを知った持ち主の老婆はライフルでランバートを脅します。しかし、弾は老婆の夫に命中。老婆はランバートのせいにしてしまう。ランバートには二人の殺人犯という汚名が着せられます。
 ランバートは目的もないまま逃げ続けます。彼はよく『Gone South』と考えます。逃避行が南に向かっていること、そしてベトナム派遣兵のスラング『気がふれる』ことを拒否するために。
 ある沼沢地のレストランで彼は奇妙な少女に出会います。彼女アーディン・ハリディの頬には紫色の大きな痣があり、沼沢地の奥深くにいるという治癒者ブライト・ガールが自分の痣を消してくれると信じています。ランバートが逃亡者であることを知ったアーディンは自分を連れていくことを頼みます。ランバートは拒みますが、バウンティ・ハンターが迫ってからは、二人は同行せざるをえなくなる。反発しあい、助けあいながら、二人はさらに南に向かう。
 そいてついにはフリントとエズリーに追い付かれる。彼等はブライト・ガールに会えるのか・・・
 以上のような粗筋を書いていると、この小説が『モダンホラー』にふさわしいものか不安になります。超自然現象も異常心理の殺人鬼も出てこないし、主人公たちが異常な恐怖に巻き込まれるわけでもない。ただ、ヒロインの信じる『ブライト・ガール』が現代のフェアリーテイルでありうる唯一の接点でしょう。この会議室の話題とこの小説が出会えるのは、著者がマキャモンであるからというのは理由として薄弱すぎるでしょうか。
 この会議室にかつて『狼の時(角川文庫)』の感想を書いたときに、この小説の特徴は故郷喪失者の冒険であると言いました。これはマキャモンの他の小説にも言えることと思います。ほとんどのマキャモンの小説の主人公は故郷を捨てて単独で暮らしていたり、災厄により故郷を追われたりします。
 この主題は『Gone South』でも同じように変奏されています。ダンは離婚・白血病・心にもない殺人によって何十にも疎外されていて、南に向けて点々と所在地を変えていきます。また、アーディンも顔面のスティグマによって、自ら社会に対して文字とおり顔を背けています。この小説の主調は二人の故郷喪失者の南の沼地に向かう冒険であるわけです。
 しかし、ここでのマキャモンは以前とは少し異なる。故郷喪失者の冒険であっても、かつての小説では冒険自体に主眼がありました。すなわち、『ミステリーウォーク』のビリー、『スワン・ソング』のスワンやシスター、『スティンガー』の村の人々らは、きわめて厳しい事態に遭遇しそれを克服していきます。彼等はそれを乗り越えて行くことによって、本来ありうる自己を発見していきました。冒険や旅は彼等にとっての『試練』でありました。『スワン・ソング』が現代の聖杯物語ともよばれるのは、このあたりからの読み方なのでしょう。
 一方、『Gone South』では必ずしも『試練』は問題になっていません。上記の小説のような厳しい事態は生じないのですから。アーディンにいたってはダンにまとわりついていたというような印象で、大きな冒険には参加していないのですから。
 代わりに現れるのは、旅を通じて彼等が自己変革をなしていくことです。本来的な自己を発見するのではなく、自己を変容する。これが大きな違いです。そのためか、人物の描き方が以前の小説と比べて格段に深くなりました。スワンはおとぎ話の登場人物のような単純さをもっているのに、アーディンは現実に生きる人間といえる深さがあります。
 ですから、『Gone South』から僕は、最近ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎さんがよく使う『魂の救済』ということを読んだのでした。
 『試練』から『救済』へ。『救済』の物語を書くには、モンスターやエイリアンが登場するとはなはだやりにくいでしょう。マキャモンが『ホラー』をやめると宣言したのは、彼の文学の主題が変化したからではないか。今から思うと、『救済』の主題が芽生えてきたのは『マイン』からで、彼の宣言と重なるころのことでした。この推測はあたっているかしら。
 『スワン・ソング』の3分の1、『スティンガー』の半分ほどの小品ですが(原著で360頁たらず)、その奥行きは広い佳品です。いつか紹介されたときに、拙文を思い出していただければ幸いです。長々と失礼しました。」

 

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2019/02/18 ロバート・マキャモン「遥か、南へ」(文春文庫)-3 1992年