「英米ではホラー・アンソロジーがブームだが、中でも〈ナイトヴィジョン〉シリーズは独自の編纂で知られる。つまり、3人の作家がそれぞれ250枚の中短篇を各巻に書き下ろすことで、一作家一短篇に限られた従来のアンソロジーにつきまとう物たりなさを解消したのである。本巻には、ベストセラー作家ディーン・R・クーンツ、SF界の実力派エドワード・ブライアント、クーンツをしのぐ人気作家ロバート・R・マキャモンの3人を収録する。(裏表紙のサマリ)」
解説によると、アメリカで1980年代にホラーブームが起きたときに、アンソロジーがたくさんでたが作家の層が薄いために玉石混交状態だった。でもこの「ナイトビジョン」シリーズは内容が優れていることで有名。ここでも、クーンツのような流行作家を前に出し、職人ブライアントを中軸に、新人マキャモンにおおとりを取らせるという大抜擢。それが可能になったのは、3万字であればどう書いてもよい。中編ひとつでもいいし、ショートショート30編でもよい。そういうスタイルで、作家の資質に合った枚数の作品を引き出したのだった。
さて、自分はマキャモンに魅かれてこれを買い、初読時にたいそう感激したのだが、今回20年ぶりに読んで「しまった」と思った。すなわちモダンホラーは怖くないの格言に続いて、モダンホラーは再読してはならないも覚えておくべきだった、ということ。知らないときに読むというのはこの種のエンターテイメントの最大の楽しみ。古典と違って、初読のときに味わいつくしてしまい、2回目にはなんにも残らない。ああ、書棚に飾っておくべきだったなあ。
クーンツ編
フン族のアッティラ女王 ・・・ 優れた女教師は夫も教室の子供たちにも愛されていた。外宇宙からやってきた<種子>が地球征服の手始めに女教師の指導する小学校の教室を襲ったのだ。あれ、こう書くと、これなんて「仮面ライダー」のショッカー?
ハードシェル ・・・ 凶悪犯を追い詰める敏腕警部。倉庫に追い詰めたが逆襲にあい、傷つけられる。そこで警部の取った作戦は? あれ、こう書くと、これなんて「ブレードランナー」?あるいは「ダーティハリー」?
黎明 ・・・ 親の宗教教育に反発した無神論者。自分が夫になり父になったとき、理不尽な災難にあう。しかし、彼の目前で亡くなった妻と子供はまた会えると確信していた。そのとき男におきたことは? あれ、こう書くと、これなんて「霧の国」@コナン・ドイル?
マキャモン編
水の底 ・・・ 子供をプールで溺死で失った男。相次いで起こる溺死事故に疑問を感じ、水中銃を購入して、深夜にプールの底に侵入する。そこで出会った怪物の正体は? あれ、こう書くと、これなんて「遊星からの物体X」?
五番街の奇跡 ・・・ 25歳の仕事に熱心な青年。今日も会議に間に合うために五番街を疾走していると奇妙な老人に引き止められる。老人の口にするのは「光陰矢のごとし」。そのときから青年の時間が狂っていく。あれ、こう書くと、これなんて「邯鄲の夢」あるいは「杜子春」?
ベスト・フレンズ ・・・ 両親と妹を惨殺した17才の少年を鑑別するために病院にやってきた精神科医。彼の目前で、少年は自分の友達を紹介するという。3人(匹?)のベスト・フレンズが病院の中で大殺戮劇を行う。精神科医は必死になって阻止しようとするのだが。あれ、こう書くと、これなんて「エイリアン」?
「モダンホラー」は新しい物語をつむいだのではない、古い話を語りなおしたものだ、ということがよくわかる。あと、1970年以降に幽霊にモンスターに宇宙人にUMAなんかを客観描写で登場するには無理がある。もはやそんなものを登場させても、読者はB級映画かTV特撮番組ですでに見たことのあるイメージに侵されていて、お笑いになってしまう。そこでこのアンソロジーの作者たちが行ったのは主人公の主観でもって物語を述べること。ストレスにあっていたり、異常な状況に不安が亢進していたりしているものの内面であれば、恐怖の対象が実在しているかどうかは考慮しなくてよいから。たとえば、「黎明」「水の底」は全部主人公の妄想とすることが可能な書き方になっている。誰かの妄想を読まされているのか、主人公の恐怖を読者が自分のものにするかは作者の腕次第。自分はマキャモンを支持するけど、このアンソロジーでは技術はまだ練れていないな。「ブルーワールド」に期待。
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