odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

橋場弦「古代ギリシアの民主政」(岩波新書) ギリシャの民主政は生きることとほぼ同じなので、しぶとい。マケドニアやローマの支配下にはいってからが民主政の真骨頂。

 ギリシャ悲劇を読みだしてから古代ギリシャを知るべくいくつかを読んできたが、そこでの感想は古代ギリシャの民主制はたいしたことないな、欠点ばかりじゃねえか、というものだった。タイトルで引かれた本書も最初はすでに知っていることの繰り返しだったのであくびをかみ殺すことがあった。しかし後半になると居住まいを正すことになり、最後はなるほどと感心と得心を持って読み終えた。


 ギリシャ民主政(著者はこう記す)が「衆愚制」などと蔑まれてきたのは、ルネサンス以降の西洋の偏見に基づいていたのであった。すなわちギリシャの古典を読みだしたとき、当時の政治体制は君主制封建制。そこにおいて民主政の愚を説くソクラテスプラトンアリストテレスらの著作が優先され、主だったテキストを持たない民主政を正当に評価することはなかった。それは啓蒙時代でも(ルソー)、社会主義でも(マルクスエンゲルス)同様であった。彼らはローマの寡頭制と共和政を推奨した。ようやくギリシャ民主政を評価しようとなったのはWW2以降。考古学の知見も加えて研究されるようになったのは1970年代以降、とギリシャ民主政を正当に(現在の政治体制の忖度なしに)評価するようになったのは最近のことなのだ。
 そういう視点からすると、ソクラテスの裁判も民衆による知性の弾圧という見方は覆される。裁判の直前はスパルタの傀儡のような30人評議会による独裁制。ようやく民主化が復興したときに、集団独裁を指示し富裕貴族に阿ったソクラテスが弾劾されたのだ。そのうえギリシャの宗教はまさに生活そのものを宗教化するものであり、不敬とみなされたソクラテスは国家の将来を脅かす存在とみなされたのだった。不敬による弾劾や死刑は21世紀の視点からするとおかしいのであるが、裁判当時の政治と体制からすると不当でも偏見によるものでもない。それを見てからのプラトンは民主政に反対する。でもプラトンは弾劾されない。彼の哲人政治は当時のギリシャで生きた思想になっていないので、放置しても社会を脅かすことはなかったから。アリストテレスは在留外国人で市民権(参政権)をもっていなかった。ソクラテス派のこのような事情は強調してよい。西洋哲学はソクラテス派を勉強したので、彼らの目と思想でギリシャの民主政を見た。その偏見がずっと強化されて今に続いているのである。
(細部は誤っていたが、「ソクラテスの弁明」他を読んだ感想はだいたい一緒だった。ちょっと安堵。)
2021/12/27 プラトーン「ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン 」(新潮文庫)-1 
2021/12/24 プラトーン「ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン 」(新潮文庫)-2 

 民主政を実行したポリスは多数あるが、規模が大きく史料が充実しているのはアテナイ。なので記述はアテネ中心(他のポリスの状況も発掘調査などを通じて次第に明らかになっている)。民主政をまとめると、「順番に支配し、支配される仕組み(@アリストテレス)」。選挙や多数決は手段であって、民主政の目的ではない。特長は、1.組織の無頭制、2.代表制の不在、3.警察権の不在(弓の名手のスキタイ人を国有奴隷にして警備に当たらせたが権力はない)、4.情報公開(文書を残す。公文書館で市民は誰でも読める)。これを実現する制度が、民会と評議会。評議会の人気は一年で、生涯に再任はほとんどない。市民の人口は最盛期で5万人、少ないときは2万人くらいなので、ほぼすべての市民が政治の責任者になる。民会も月に2~3回のペースで開かれ、数千人が毎回あつまる。なぜ都市の政治に遠方に住んでいる市民が参加するかというと、同じ民主政が区(デモス)にもあって、日常から市民は政治に参加していた。それは誇りであり、日常であり、宗教的な要請であった。
 近代では革命の時代にこのような〈草の根〉民主政が行われる。そこの議論の結果が国家にまで上がっていく仕組みを作った。フランスやアメリカやロシアの革命時など。アーレントはそこに希望を見出そうとする。でも、権力はこのようなデモクラシーを叩き潰していったのだった。それに抗する民主政は上の条件(無頭制、代表制の不在、警察権の不在、情報公開)を実行する仕組みでないといけないだろう。
(21世紀の新しい市民運動はこの条件を満たしているところが多い、という印象。)
 アテネの民主政は前6世紀から紀元2世紀ころまで続いた。航行の歴史にでてくるのは前5世紀からマケドニア王国のアレクサンダー大王支配下にはいるまで。その経過は以下のエントリーを参照。
田中美知太郎「ソフィスト 」(講談社学術文庫
吉田敦彦「オイディプスの謎」(講談社学術文庫)-1
岩崎允胤「ヘレニズムの思想家」(講談社学術文庫)
(これらのエントリーにはギリシャの民主政の悪口も書いているし、それほど誤っているとは思えないけど、偏見もはいっているのだろうなあ。それにソクラテス派の哲学は性に合わないし(というか嫌いだし)、それ以降のヘレニズムの思想家もたいしたことを言っていない、政治哲学を語らない、ので関心はもてないし。)
 本書によると、アテネの民主政の最盛期は前4世紀のマケドニア王国の支配下にはいってからだとのこと。上に述べたような民主政はローマの支配下になった前2世紀にもあり、以後さらに数百年続いてローマ帝国最盛期に溶解した。近世や近代でも都市が民主運営されることはあったがせいぜい一代限りで長続きしなかった。しかしギリシャの民主政は長続きした。

〈追記〉
 岡崎勝世「世界史とヨーロッパ」(講談社現代新書)を読んで思いついたのは、アテネの民主政というが、この制度は奴隷制が前提になっていた。政治参加する権利をもっている市民(citizen)は民主的な手続きにのっとり議論をへて合意形成をしていた。そこは民主政。でもポリスに住む大多数の奴隷と女性は政治参加できない。そうすると、ポリスに住むあらゆる人々(people)からみると、アテネの民主政は寡頭制とか貴族政と呼ぶしかないような政治制度だった。

 

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