odd_hatchの読書ノート

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モーリス・ルブラン「八点鐘」(新潮文庫)

怪盗アルセーヌ・ルパンがレニーヌ公爵の名で、若くて美しい婦人オルタンス・ダニエルと共に、8つの冒険に挑戦する。怪紳士レニーヌは、生得の天才的な閃きと、過去の強盗の体験から身につけた豊富な知識で、虐げられた人達、無実に泣く人達に手を貸す。3ヶ月にわたる8つの冒険のスリル、レニーヌとオルタンスの洒落た恋、数々のトリックの妙を円熟した筆致で描く長編。
(裏表紙のサマリー)

 連作長編の枠組みはルパン(堀口大學訳なので)がいかにオルタンスを篭絡するか。最初は、話しかけるのがやっと、それを信用に変え、手をとることを許させ、信頼を獲得し、口付に至らせる。最初に3ヶ月以内という期間と8つの冒険を約束したことはルパンを拘束することのようだったが、このように縛りを入れることで彼はより活動的になっていくのだった。
塔のてっぺんで (Au Sommet de la Tour) ・・・ 大きなストーリにおける出会いと冒険へのいざない。出会いは秘密の城、そこに隠された過去の秘密。解説によると遠隔殺人のトリックうんぬんということだが、自分にはこの雰囲気がA.M.ウィリアムソン「灰色の女」(というより涙香「幽霊塔」)の冒頭にそっくりなのに感動。
水びん (La carafe d'eau) ・・・ とある田舎紳士が殺された。残されたワインボトルの指紋からある青年が犯人とされる。その死刑執行が間近にせまったことを知ったレニーヌ公爵は事件を再調査。警部を引き込むことによって真犯人を捕らえる。ここでは過去の事件のトリックと、容疑者の起こした出来事(無人の部屋で小火がおき、証拠を隠滅する)のトリックの2つが披露される。後者は、ポースト「ズームドルフ事件」1911と江戸川乱歩「火縄銃」1913ころと構想を同じにする。まあ、トリック発明の優先権に乱歩がこだわることが面白いな。
テレーズとジェルメーヌ (Therese et Germaine) ・・・ 海辺でバカンスを楽しむ夫婦。先に夫が海小屋に入ったが、30分たっても出てこない。扉を壊してあけると刺殺されている。その間、誰も小屋に入らなかったのに。カーの長編と同じトリックを使っている。そのことよりも、不倫に悩む妻と不倫相手の喧嘩をうまく裁き、人情に答えるレニーヌ公爵が格好いい。このころには海水浴とか海辺のバカンスがポピュラーになっていたのだというのがわかる。
映画の啓示 (Le film revelateur) ・・・ ある映画(無声だ、当然のことながら)を見ていたら、令嬢にせまる野獣のごとき異相の男の演技がすばらしい。ほどなくして、令嬢役の女優が失踪、野獣役の俳優は紙幣を強奪して逃走した。レニーヌ公爵は映画との類似に気づいて、独自に調査を始める。面白いのは、「事件」が存在しないこと、すわなち容姿からその精神を予断したことがいけなかったということ。
ジャン・ルイの場合 (Le cas de Jean-Louis) ・・・ 27年前、二人の妊婦が出産した。あいにく医師が外出、嵐のためにあたりはまっくら。その結果、幼児の一人は死亡し、生存したもうひとりの幼児はどちらが母かわからなくなってしまった。以来、二人の母と大人になった子供はいがみ合って暮らしている。成人した男は結婚したいのだが、母たちの問題のために、どうにもならない。レニーヌ公爵の解決はおよそ科学的ではないが、合理的。どちらかというとこの3人に取り付いていた「悪霊」を追い払うことだった。血液やDNAで判定することは科学的ではあるが、時として合理的ではないこともある、かな。
斧を持つ貴婦人 (La Dame a la hache) ・・・ サイコパスの連続殺人が起こった。Hで始まるミドルネームを持つ女性が斧で殺される。残された手帳から犯人は女性、しかもなにかの理由で定期的に事件を起こしているらしい。興味深かったのは、これもクイーンの長編と同じトリックを使っていること(あと石森章太郎「佐武と市捕物帳」にもでてきた)。オルタンスは狂人の魔の手に落ちる。それを奪還しようとあせるルパン。ここらへんはめったに見られない珍しいシーンだ。
雪の上の足跡 (Des pas sur la neige) ・・・ ある雪の夜、一家の主が失踪する。雪の中に足跡が残されているが、それを追うと、足跡の主は井戸に飛び込んだと見える。その主は前日にある青年と喧嘩をしていて、失踪の直前3発の銃声も聞こえていた。さて何が起こったか。足跡トリックの基本中の基本。
マーキュリー骨董店 (Au dieu Mercure) ・・・ 第1話でレニーヌ公爵がオルタンスに約束したことを果たそうとする。彼女が無くした大切な止め金を見つけ出すということ。レニーヌが彼女に指令した不可解な行動。そのとおりに動いていくと、10年前の謎が晴れていく。もうひとつのギミックは止め金の意外な隠し方。さすがルパン、目の付け所がちがったね。最後にはもう一回八回の鐘の音がなり(「塔のてっぺんで」でルパンは鐘の音がまたなった時までに約束を果たすと誓ったのだ)、オルタンスはすっかりルパンのとりこになってしまう。粋だね。

 うまいなあ。大きな枠(ルパンとオルタンスのハーレクイン風ロマンス)をベースに、犯罪を解決する正義の冒険をちりばめていく。それも後にいろいろな変奏を奏でることになるしっかりした主題を持っているものばかり。しかも犯罪者を告発するのではなく、虐げられたもの・不遇な目にあっているもの・正義を実行できない人を助けていくというところがすばらしい。しかもルパンはなにも盗まない。別の作品だと、競争相手と警察をかく乱させて、大胆な盗みをするものだが。まあいい、ここでルパンはとてつもないものを盗んだのだから。それは、オルタンス、「あなたの心です。」(@銭形警部byルパン三世カリオストロの城