odd_hatchの読書ノート

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モーリス・ルブラン「バーネット探偵社」(新潮文庫)

 1928年作。ジム・バーネットというイギリス人が「無料調査」の看板で探偵事務所を開いている。そこには貴族の末裔とか資産家とか資産運用の代理人などが訪れて(ときには警察官も)、事件の解決を依頼する。バーネットはスタイリッシュに活躍し、事件を解決するのだが、ちゃっかりと余禄を手に入れて(現金だったり、宝石だったり)、出し抜かれた警官は大いに悔しがるが告発できない。こういう趣向は、都筑道夫が得意にしていて、片岡直次郎もの、近藤・土方コンビもの、なめくじ長屋ものなどで、バーネットの末裔が活躍した。事件そのものが警察の手に負えない不可能犯罪ばかりでその解決を用意するとともに、いかにバーネットが横取りするかのコン・ゲームも考案しなければならない。そのふたつの解決とバランスに腐心しなければならないのは作者の手間になるのだが、ルブランも都筑センセーも健闘している。事件の依頼者と警察の二つの目を盗み、官憲の追及を高笑いのうちにうやむやにする次第が、ユーモアになるのだね。
1 したたる水滴 (Les gouttes qui tombent) ・・・ 貴族の妻が自室から真珠の首飾りを盗まれる。その直前に、貴族の夫は事故にあい、妻に復讐することを告げて死んでいった。人の出入りのできない館からどうやって真珠を盗んだのか。「したたる水滴」というのがなぞを解く鍵(貴族の言い残した言葉)。このころパリの上流階級の家には水道が完備していたわけだ。(他のライフラインと電話はいつごろ普及したのだろうかなあ。)笠井潔「群集の悪魔」による1848年のパリではまだ水道はなくて、風呂に入るのも一苦労だった、という記述がある。
2 ジョージ王の恋文 (La lettre d'amour du roi George) ・・・ 田舎の書物屋上がりの老人が殺され、部屋が物色される。とくに宝石も債権も現金もない部屋で、いったい何を盗もうとしたのか。バーネットは一枚の名刺をねたに、犯人をあげる。
3 バカラの勝負 (La partie de baccara) ・・・ ある企業の共同経営者がバカラで勝負するうち、一人だけが大勝ちする。最後の勝負でそれぞれに金を戻したのだが、その直後に、大勝ちした一人が殺された。動機がなさそうなのに、なぜ殺されたのか。バーネットは容疑者を集めて、同じ勝負を繰り返し、真犯人を心理的に追い詰める。ついでに金をかすめ取る。
4 金歯の男 (L'homme aux dents d'or) ・・・ ある牧師の家からさまざまな秘宝が盗まれた。たまたま目撃した牧師は犯人は左に金歯をつけていたのを目撃するが、容疑者には右に金歯がついている。暗い部屋(たぶん電灯はない)でのできごと。
5 べシューの十二枚のアフリカ株券 (Les douze Africaines de Be'choux) ・・・ べシュー警部がなけなしの全財産を株券に委託していたが、それが盗まれた。警察沙汰にしたくないので、捜査は秘密裏に行われ、結局、株券の行方はわからない。だれもが目にしているがだれも気付かないという隠し場所があった。大胆で、しかも政治家批判も含まれた快作。
6 偶然が奇跡を作る (Le hasard fait des miracles) ・・・ 零落した貴族が城を売るはめになった。その子供たちは城を取り返したいが、金がない。あるとき城を売った父が完済したことを知るが、証拠がない。そのころ、登攀不可能な城から墜落した子供(男)が発見される。どうやって彼は城に侵入したのか。城の周囲は深い谷で、周囲には細い枝の樹木くらいしかみあたらない。そういえば1920年代は飛行船が商用化されていた。例のツェッペリンの事故で終焉したが。
7 白手袋……白ゲートル (Gants blancs... gue^tres blanches...) ・・・ べシューの昔の恋人、今はサーカスの曲芸氏で歌手のオルガから依頼が来る。部屋にあったすべての家具が盗まれた。しかも衆人環視の中で。チェスタトンの「見えない人」の変形で解決される。ついでに、バーネットはべシューの恋人(べシューはよりを戻したがっている)を奪ってしまう。あれ、別の長編でリュパンの変装した主人公が警部の恋人を奪うというのがあったな、あれ、なんだたっけ?(たぶん「謎の家」)
8 べシュー、バーネットを逮捕す (Be'choux arre^te Jim Barnett) ・・・ 野党の大物が事故を起こし、同乗の女性を死なせてしまった。それは大企業の社長の奥さん。この政局に関係する事件の鍵は大物が隠した一枚の写真。べシューの監視下でその写真は消えてしまった。いったいどこに消えたのか。意外な隠し場所が発覚する。今回、べシューはバーネットを逮捕しようとするが、それは成功しない。その代わりに、べシューを警部に昇進させる算段をつけて、バーネットは退場。

 謎の規模と利益のうまい回収方法という点で「偶然が奇跡を作る」が白眉。それに続くのは「バカラの勝負」の心理戦。それ以外は、まあたわいのなさそうな意外な隠し場所、「見えない人」のバリエーション。その中では「したたる水滴」「べシューの十二枚のアフリカ株券」が面白い。バーネットの粋な立ち居振る舞いが時代劇風なので、なかなかよませる。