odd_hatchの読書ノート

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今西錦司「進化とはなにか」(講談社学術文庫)

 2008年11月5日に、大分市別府市の境にある高崎山モンキーセンターを観光した。昭和30年代初期に、ニホンザルの被害にあっていたころ、当時の大分市の市長の発案で山中の寺でニホンザルの餌付けを行う。数年したら複数のグループが毎日定期的に通うようになった。たぶん京都大学霊長類センターの協力があって、ニホンザルの行動を研究するようになり、あわせて観光スポットにした。自分の近距離にいるニホンザルをみることは面白い体験。「ペットではない」ということを自覚していないと、しっぺ返しにあうので、緊張した関係を維持するのはなかなか大変。
 自分の愚かしい目では、サルの個々の顔を判別することはできないし、それぞれの個体が何をやっているのかなどもわからない。ただたんにサルがいるだけ、という認識しかできない。ところが、すぐれた目を持つ人にかかると、アルファ猿の行動パターンや集団の中の秩序だとか、一生の間の遍歴などを見出すことができる。そういう細かい観察をおこなえるところは、たしかに専門家であるのだなあ、なるほど研究というのは自分の持っている感覚を鋭くし合理的理論的に考える理性を磨くことなのだ、と納得した。研究者になることを放棄した自分としては、このあたりの人間のほうにやはり興味をもってしまう。
 さて、京都大学霊長類センターは今西錦司の弟子たちがつくったものなので、ここで行われる霊長類研究の規範というか枠組みは今西錦司の影響を色濃く受けている。戦前のさまざまなフィールドワーク、というか冒険旅行を敢行したという点でも、今西錦司はすぐれた研究者、学者であったのだろう。
 というわけで、最近は支持者のほとんどいない今西進化論を読みなおす。なんですか、これは。学会の定説に喧嘩をうったり、ダーウィンに対する個人攻撃があったり、いまは理解されなくてもいずれは私の勝利が来るといったり、全体主義ホーリズム)が科学に必要と言ったり、これって、トンデモ学説を提唱するひとたちの特長ではないですか。
・ほとんどの突然変異は個体に対して利益を生まない → だから突然変異は種の主体性によってコントロールされる。環境の変化が起きたら、種は主体的に自分を変化させる。
・競争者のない状態は種が安定しているとき → だから環境の変化が起きた時に、種の変化が起こるのはおかしい。なにしろ種社会を作り、共存共栄の安定した状況を作っているから。
自然淘汰は種内と種外を分けないといけない。その時環境からの淘汰圧は種の変化にはあまり影響しない。
・種の主体性は重要 → だからラマルクは再評価されるべき。
 こんなところが今西進化論のキモになるのかな。自分の愚かな頭だと、今西はタイムスケールを誤解しているようだし、環境の変化を過少に評価しているのではないか、あわせて定住と移動の頻度も過小評価しているのではないかと考える。これは今西が現役だったころに比べると格段に情報量が増えてきたからいえること。でも、彼の理論はこうやって検証やテストを受けなければならず、それに耐えられないとき破棄される。

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 人類の起源と進化について述べていて、そこで家族や国家の起源を論じている。ほとんど議論の俎上にのせる必要もない内容なのだが、これはおそらくマルクス主義への反論として作られているのではないか。たぶんエンゲルス「家族、国家、私有財産の起源」を仮想敵にしている。彼はたぶん共産主義に反対しているのだが、彼が対案として持ち出すのは世界的に分布した種としての人を共通化、統一しようという考え。つまりは共同体主義。戦時中はこの発想を権力者は歓迎したことだろう。なにしろ「八紘一宇」の理論的根拠になるのだから。今西は共産主義に対抗しようとして、同じ穴にはまってしまった。

<参考エントリー>
2016/03/16 今西錦司「世界の歴史01 人類の誕生」(河出文庫)