放送大学の「初歩からの数学」をみた。高校で3年かけて学んだことが、約10時間の講座にコンパクトにまとめられていた。高校生の時には、個々の単元はばらばらでつながりを見出せなかったが、この講座ではなるほどその順番で学ばないといけないのがわかる。先に学んだことがずっと先の単元で重要になるのだ(たとえばa+b=b+aが別のところでは成り立たなくなるとか、ピタゴラスの定理が三角関数になり、三角関数でπが角度になるとか、微分積分を知ってから物理の運動方程式にいくと公式を覚えなくて済むとか)というのがよく分かった。高校時代に「初歩からの数学」→「初歩からの物理学」→「初歩からの化学」の順で学べば、混乱しなかったのに。
その感動の続きで放送大学の「数学の歴史」講座もみた。ここではニュートンとライプニッツによる微分積分の確立をゴールにして、古代から中世までどのように数学が発展したかをみる。おどろくべきことに、エジプトやアラビア、中世ヨーロッパの算法(計算術)を紹介し、彼らのやり方による計算を実際に試してみる。0がなく、位とりがないローマ数字や漢数字で計算することがどんなに面倒か。当時の人びとはいろいろ工夫していた。それでも大変。計算術を習得した人が職人とされるゆえんがよくわかる。アラビア数字がヨーロッパに伝わったのは12世紀頃らしいが、変化を受け入れるのは難しく、普及したのは印刷術により大量の本が流通してから。それまで表記法がまちまちだったアラビア数字が書物を通じて統一された後だった。
以上の前振りをしたあとに、本書を読む。1930年生まれの数学史家が2009年に書いた。「数学の歴史」講座が当時のやり方を実際に試す文献学的解釈だとすると、本書は現在の数学表記に直して意義を考えるアレゴリー的解釈をとる。こちらは高校レベルの知識の持ち主にはあっている。文献学的解釈には学者のスゴミがみえる。どっちも必要。

幾何と算術を始めた文明には、エジプト、インド、アラビア、中国などがあるがここでは割愛(放送大学の講座をみましょう)。西洋数学のもとになっているので、前三つには言及があるが、中世の始まりくらいまで。それ以降は西洋の数学の話に特化する。というのは、西洋数学は微積分の確立で大転換したから。この方法と考えによって「数学」という今日の学問が成り立っているため。
高校の微積分ですら忘れているので解説はしない。代りに本書から見た数学の思想史をみる。数を抽象的にみたのは古代ギリシャ。でもローマ以降は実在の長さ・重さを測定する道具として使った。幾何学が重視され、計算術は軽視されたのはそれが理由。デカルトやガリレイあたりから幾何を代数で表現するようになる。長さ・面積・体積などを時間・距離・運動・物質に置き換える。背景にあったのは天体観測の精密化で惑星の軌道計算を正確にするため。ニュートンはさらに時間を変数にして流量の考えを提案した。そして微積分を確定することで、変化する量や時間を数量として表し、数学から時間そのものが消えることになった。記号に時間が組み込まれた(組み込まないのが物理学)。そこから数学は抽象化していった。
数学にびっくりしたり驚いたりするのを書く語彙を持っていないのでここまで(そういうのは小川洋子「博士の愛した数式」にお任せする)。なるほどなあ、すごいなあ、頭いいなあ程度しかいえない。
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