ニコラウス・コペルニクスの「天球回転論」と彼の弟子が書いた解説が新訳で出ていたので読む。訳者による解説によると、コペルニクスは「地球が動いている」ことを観察データと理論から確信していた。ルターの宗教改革とカソリックの対抗が起きていたので、この主張をすることは異端とされることを怖れていた。出版を控えていたが、弟子の説得で理論編をほとんど書かないことで出版に同意した。実際「天球回転論」の後半は、三角法(のちに三角関数)と球面幾何学の説明が大半。これは惑星軌道の計算に役立ったので、天文学者によく読まれた。コペルニクス自身は出版直後に70歳で死去。弟子はいろいろあったが、三角法の計算に情熱を傾け、分厚い計算法の本を出版した。
(ウィリアム・F・バイナム「若い読者のための科学史」すばる舎によると、出版を企画したレティクスが別件の幼児ができたため、友人のオジアンダーに序文を依頼した。オジアンダーコペルニクスの説を危険だと考え、あたかもコペルニクス自身が書いたかのように序文を書いた。その
「序文には、コペルニクスの考えはほんとうは正しくはなく、この本は天文学者たちが古くから認めていた地球中心説の問題点のつじつまを合わせる方法を示したにすぎない、と書かれていた。(p.93)」
そのためにメッセージは重く受け止められなかった。コペルニクスが宗教裁判で弾劾されなかった理由。でも出版から数十年たつとコペルニクスの説に賛同する人が次第に増えていった。その一人がガリレオ・ガリレイ。)

なぜ「地球が動いている」が異端とされたかというと、下記の二冊を参照すること。ラヴジョイにならえば、「存在の大いなる連鎖」は古代ギリシャ・ローマから西洋までの世界認識の基本だった。地球が宇宙の中心で、創造主や神は天球にある。天体も人間も動物も地から天までの位階に会って、容易にはいる場所を変えることができない。コペルニクスの認識は西洋の世界像の破壊になってしまう。西洋人のアイデンティティと、徳に教会の権威を揺るがしてしまう。たんに天文学の数値計算に役立つといういいわけでは通用しなかったのだ。なのでコペルニクスの半世紀後にブルーノやガリレイが裁判にかけられた。
当時の世界認識の構成は下記のエントリーを参照。二人の研究者による優れた解説があるので、俺がなにかいうまでもないです。クーンが「存在の大いなる連鎖」に関連する説明をしていたのに、ラヴジョイを読む前だったので、指摘の重要さに全然気づきませんでした。「天球回転論」の内容とその影響はリンクのエントリーを参考に。
2013/02/13 トーマス・クーン「コペルニクス革命」(講談社学術文庫)-1
2013/02/12 トーマス・クーン「コペルニクス革命」(講談社学術文庫)-2
アーサー・O・ラヴジョイ「存在の大いなる連鎖」(KINDLE版)
このように異端の教義をコペルニクスは提案したわけだが、当初こそ教会から排斥されたが、17から18世紀になると、受け入れられる。天文学的な発見(1572年ティコ・ブラーエが報告した超新星、1604年にケプラーが報告した超新星など。天体は天球に固定されていて、不動不変であるとされていたのが、これによって覆ったという)、顕微鏡の発明による微生物の発見と観測ブームなどによって、存在の可能性がひろがった。人間は広大な宇宙で孤独ではない。どこかにミッシングリンクがいて、コンタクトの可能性が出てきたと皆が思うようになったから。「存在の大いなる連鎖」の考え方が修正され、地動説が受け入れられた。むしろ地動説は「存在の大いなる連鎖」の根幹をなす概念になった。そこはラヴジョイに詳しいので読みましょう。この二冊を読むと科学史の見え方が変わります。
「天球回転論」から読み取れたプトレマイオス宇宙論をメモ。1543年当時の宇宙像がここにある。この宇宙論はキリスト教神学と一体化している。この宇宙論に異議を唱えることは、キリスト教に反抗しているとみなされた。
・宇宙は球形。天体も球形。大地も球形。宇宙は大気かエーテル(有機溶媒ではないほう)で充満している。(宇宙に充満するエーテルの概念は20世紀初頭まで生き残ったなあ。球形は完全な形であるとされたので、創造主または〈神〉の居場所にふさわしい。)
・運動はアリストテレスに依拠。重いものは上に、軽いものは下に。重いものは土と金属なので、地球は重いものが沈殿した最下層である。地球が最低部にあることはギリシャローマ時代は問題とされない。キリスト教の天堂地獄概念が加わってから意味がでてきたようだ。
・ギリシャ神話と哲学と科学は世界の説明原理として同じもの。「天球回転論」にも哲学者やギリシャ神話が登場する。
・「至高至善〔なる宇宙制作者〕の神聖なこの建築物は当然ながら巨大である」(p.85)。21世紀に見積もられているほど広くはないが、天球は有限だが広大。(なので、コペルニクスの影響を受けたジョルダノ・ブルーノが宇宙無限論を主張すると、即座に異端とされた。)
・天球は回転運動(円運動)をしている。天体は天球に固着しているから回転する。固有の振動数を持つ。円運動から発する振動(円運動を経時的にみると、サインカーブのような振動波になるので)がエーテルで伝搬。伝わった先の物質が共鳴・共振・波の増幅や打消し。これが波動。神の波動を受けて、共鳴・共振して物質は神の善や愛を自らのものにする。
(オカルトやスピ系が「波動」というのはこういうこと。ここでいう「波動」はwaveではなく、vibrationです。でこの波動によって物質や人間はよりよくなり、高位の段階に上昇する。天空の位階に新たな場所を獲得するので、オカルトやスピ系は次元上昇アセンションといいます。まあ近代になって「存在の大いなる連鎖」は次第に廃棄されていったのだが、しぶとく残そうとしているのがオカルトやスピ系です。)
(生命の自然発生説もここに由来しています。創造主または〈神〉は流出している何かを浴びた土や金属が生命活動を開始する、というのだ。)
(あと、占星術、星占いもそう。星の配置と産まれた時間や場所などが人生に影響しているという考えは、「存在の大いなる連鎖」そのもの。通常占星術や星占いは非科学的としてトンデモ扱いされるようになったが、西洋思想史からするとそっちが本流の考え方。20世紀に西洋思想は大転換したが、そこから取り残されたのを、しぶとく残そうとしているのです。関係者が多い巨大なビジネスになっているので、そう簡単にはつぶれない。日本の占星術と星占いは明治のころに西洋占星術が輸入されたのをアレンジしてできたもの。古い陰陽道の考えも多少は取り入れられているという。そういえば、手相占いも古くからある観相術に西洋のトンデモ科学を取り入れて明治のころに作られたはず。明治政府の洋化政策で江戸以前の古いものは捨てよう、まがい物で誤りということにされたので、延命のために洋風にした。)
〈参考エントリー〉
中山茂「西洋占星術史 科学と魔術のあいだ」(講談社学術文庫)
・コペルニクスの時代の数学は幾何学と計算術まで。虚数はないし、無理数もない。有理数の表記は分数で行う。そのために、比が大事(惑星間の距離は太陽-地球の距離を単位にして比で表されたのだ:公転運動周期を分数で表したので、暦と公転周期のずれを把握することができ、4年に一度、200年に一度の修正を加えるという発想ができた)。3次方程式の解法と対数は発見されていたが、三角関数(本書にでてくるコペルニクスの押しかけ弟子レティクスが三角法の計算法を作成した)や代数学はこのあと。なにしろデカルトより前です。数学の記号も現代とは異なる(現代の記号の基礎ができたのは18世紀)。そういう時代の数学書としても、「天球回転論」は読める。
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