odd_hatchの読書ノート

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E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-2 魔術を駆使するゴライス12世による水星全土統一に立ち向かう友誼と武術のジャス王たち。ジャス王は深山に捕らわれ脱出のために危険な冒険に向かう。

2020/03/30 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-1 1922年

 

 ジャス王は半年ほどかけて、艦隊を整備した。完成ののち、1800人の兵士を伴い、スピットファイア卿、ダーハ卿とインプランド(小鬼国)に出帆する。途中暴風雨に遭遇。ジャス王の乗った船のみが助かり、一行は400人余りに減少。途中、インプランドを彷徨する3つの武将と彼らが率いる軍隊に遭遇する。どうやら過去インプランドが征服されたときにかけられたの呪いのせいであろう。決して追いつくことができない彷徨を長年にわたって続けているのである。ジャスらは彼らの仲裁をし、インプランドの豪族の支持をうける。ダーハ卿はある貴婦人が寝ずに鷹の見張りをするよう頼まれ、実行する。報酬に貴婦人を求め、それはいやいやながらも受け入れられるも、貴婦人はダーハ卿に不吉な予言を残す。

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 実際、デモンランドが体制を立て直す間に、ウィッチランドはインプランドに軍隊を送っており、数の優勢を頼みに、ジャス王らを追っているのであった。廃城をみつけて立てこもり、ウィッチランドの将コオランドの攻撃をかわしているものの、籠城数か月ともなれば、軍勢と兵糧は減少する。ある闇の夜にジャス王らは脱出を試みるも、コオランドの発見するところとなり、ジャス王とダーハ卿のみからくも逃げることに成功する。スピットファイア卿は行方不明となるが、デモンランドに帰国できたことがあとで知れる。
 ジャスとダーハは地元の王の息子の生き残りミヴァルシュをつれて、インプランドの果てにあるコシュトラ・ペローンの峰を目指す。そのためにもうひとつの高峰コシュトラ・ピヴラルカを登らねばならず、その稜線にはズィミアムヴィアの門がみえる(エディスンはのちに「ズィミアムヴィア」三部作を執筆するのであるが、それはここに関係あるのかしら。訳者解説によると別の場所とのこと)。この危険極まりない山岳登山の詳細な記述は要約を許さないのであって、各人楽しまれい(そしてウィンパー卿以来、登山はイギリスの高貴なる人々の趣味であり生きがいであったことも想起されられたし)。
 コシュトラ・ペローンの山頂にはソフオニスバなる女王が待っていた。この峰には生きた人間は来れないとされ、来れるものは類いまれなき勇者のみであり、それは女王に与えられた予言通りであったからである(なぜ女王が高峰にいるかという物語も面白いが割愛)。ジャスが落胆したことには、女王はブラスト卿を知らないという。ジャスはさらに南の峰々をみるうち、それが夢見た囚われの場所と同じであることを知る。女王は「ゾラ・ラック・ナム・プサリオン」には人跡ではいけないという。行くには天馬の卵をかえし、プライド高く乱暴な天馬を手なずけねばならない。インプランドに残る唯一の卵は孵化したものの、ミネルヴァのよこしまなたくらみで天空に消え去った。失意で帰国するジャスのもとに、雨燕がデモンランドに天馬の卵があることを報告する。
(ジャス王ら勇者は、兄弟の契りにあるほかの三人がそろっていて、個々人の力を超える力を発揮できる。ゴライス12世の魔術は一人を拉致追放することで、この四位一体を壊した。なので、ジャスはばらばらになった4人を再び集めることが必要なのである。そのために訪れる試練は途方もないもの。この探索行はイギリス中世文学の「アーサー王物語」に似ることになり、違いは王自らが探索の旅にでるところ。そこは「ベーオウルフ王」の物語に近しい。)
 ウィッチランドはインプランドを征服した勢いに乗って、デモンランド侵攻の企てを進める。コオランド、コリニウス、コーサスのいずれの将に大任を与えるか、将の夫人らは画策をはかるも(この過程もみごと)、ゴライス12世を翻意させるに至らず、最年長のコーサスを指名する。初戦はウィッチランド軍の勝利であるが、重要な砦の攻略を後回しにしたために、ウィッチランド軍は窮地に陥る。グロの報告を受けたごリアス12世は最年少の将コリニウスをデモンランドの王に命じる。スピットファイア卿の奮戦むなしく、コリニウスは城を攻略。その宴において、コーサスとその息子らに追放を命じる。
 次の狙いはダーハ卿の妹メヴリアン姫の住むクロザリング城。スピットファイア卿と小鬼国の共同作戦は失敗し、城を守るものは200名足らず。落城かと思われたとき、メヴリアン姫は己が身をもって城と居住するものを守る。邪悪な愛に燃えるコリニウスはメヴリアンに女王を授けようというが、拒否。グロ卿の計略で深夜、脱出する。グロ卿は負ける戦の側につくという性癖を抑えようがなく、山中を放浪するうち、妖精の踊りと音楽を楽しむ。まどろみのなか、男ものの鎧兜をまとった姫に剣の切っ先をつきつけられる。今日からは修羅国のグロ卿と名乗るのを信用し、二人は深奥の渓谷に身を隠す。そこに天馬の足跡を見つけたのもつかのま、ウィッチランドの追手が迫り、グロ卿が倒れるところに、ジャスとダーハ卿が現れる。
 第2部に相当する(第8章から第25章まで)。
(ウィッチランドによるデモンランド攻略がことこまかに描かれる。主題は敵との戦いではなく、勇将の間の憎悪と桎梏の争い。ゴライス12世はもっとも年若のコリニウスに目をかけるも、人心掌握のすべを自得すべしと突き放し、夫人らの計略を退ける。ここらの帝王学に、家臣の陰謀、妄執はそれこそ「三国志演義羅漢中作の全巻をかつて読んだぞ。もう内容は忘れたが)」か「平家物語」か。人物はいずれも単純な性格の持ち主であり、分析など不要であるが、陰謀術策に長け、負ける側にしかつかないという哲学者のグロ卿のみ近代人である。世界のなかに居場所がなく、だれからも後ろ指をさされ、陰謀の渦中で暗殺を意識せざるを得ない生き方をするグロ卿はこのシンプルな世界のなかの「単独者@柄谷行人」。彼の憂愁と孤独がいや増していけば、その思惟はデカルトの方法的懐疑にいたるのではないか。あいにくそこに至るにはグロ卿はあまりに武人(騎士)であった。)

 

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2020/03/26 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-3 1922年

E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-3 武の英雄は平和と静謐に性があわない。ソード・アンド・ソーサリーの最高傑作。

2020/03/30 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-1 1922年
2020/03/27 E・R・エディスン「ウロボロス」(創元推理文庫)-2 1922年

 ジャス王とゴライス12世は、「二人の間に平和を保つには地上の世界が小さすぎる」のであって、戦さはいずれかを殲滅するまでは終わらない。

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 ジャス王とダーハ卿の帰還により、デモンランドの体制復興は進む。一方、ウィッチランドのコリニウスらは酒色におぼれ、兵の士気は緩む。とはいえ、クロザリング城は難攻不落。ジャスとても攻め手を見つけられない。ダーハ卿は少数部隊を率い、城を背後から急襲する作戦を立てる。ジャスとスピットファイア卿の正面攻撃は攻めあぐねるも、深夜雨の中を進行したダーハ軍の急襲が成功し、野外での決戦はデモンランド軍の勝利(ここらへんは鵯越桶狭間を髣髴させる作戦だ)。
 1年後、クロザリングの城は少しずつ改修が進み、周辺国の応援もやってくる。ダーハは深い湖から天馬の卵を回収し、スピットファイア、ダーハ、グロとともにインプランドのソフォニズバ女王を再訪する(このときコシュトラ・ピヴリンカなどの高峰を登攀する描写は割愛される。二度目だからね)。ジャスが孵化した天馬を手なずけ、ゾフ・ラックの峰に飛ぶ。到着するもあまりの急峻さと自然の厳しさに天馬は空に駆け上がり、ジャスは氷のなかを悪霊、亡霊その他の誘惑と妨害を乗り越えて、ついにブラスト卿をみつける。しかしブラスト卿は凍り付いていて、意識を取り戻さない。ジャスは背負ってソフォニズバ女王のもとに帰り、彼らの口づけによってブラスト卿を目覚めさせる。
 ウィッチランドは支配国から兵士を集め、デモンランドとの決戦に備えていた。しかしメリカフラズ海峡での海戦もデモンランド軍の勝利になり、120隻の艦船と多数の兵士を失う。ゴライス王はカルシー城に籠城することに決める。将軍らも悲観的になっていたが、ゴライス王は魔術を用いて、状況をひっくり返す決意を示す。
 そして決戦。英雄たちがわが腕とわが身をもって、肉弾相打つすさまじい戦はその華麗な文体といっしょにじっくりと味わうに限る。敗走したウィッチランド軍のしんがりはコオランド。その背後に迫るジャス。ジャスの刃はコオランドに致命的な一撃を食らわせる。カルシー城内はしんとし、将軍らの軍議は盛り上がらない。翌日、命令を下すと言い残し、ゴライス12世は鉄の塔(最初の魔術に成功したところ)にこもるが、すでにグロは戦死していない(この男、死の直前にまたしてもデモンランドを裏切るのであった)。大広間では将軍らが酒を酌み交わすなかに、雷光きらめき、あたりを滅茶苦茶にする。その直後に鉄の塔が爆発。呆然とする諸侯の身体は重たく、沈んでいく。もっとも敗北に打ちのめされたコーサスが毒酒を回したためである。そこにジャスらが到着。唯一の生き残り、コオランドの妻プレズミューラを保護するとジャスはいうが、ペレズミューラはそれこそわが身の誇りを汚すものと断る。こうしてウィッチランドは滅亡したのである。
 この4年間の戦さで荒廃した水星も、ようやく復興し、ジャス王はソフオニスバ女王を城に迎えることができた。ジャス王33歳の誕生祝いに招待したのである。女王は平和と静謐を寿ぐが、ジャスと諸侯には深い憂いと気落ちが漂っている。なんとなれば、戦に生きるものは平和と静謐は性に合わず、むしろ永遠の若さと戦さ、衰え知らぬ力と武芸の技を欲するのである。ソフオニスバ女王の「たったひとつの冴えたやり方」。

 

 冒険を終えた英雄はそのあとをいかに生きるかという問いに悩まされる。童話や民話のように「仲良く暮らしました」ではすまないエネルギーをもっていて、平穏な生活に収まることができない。冒険こそが生命であるからだ。たいていの場合の解決は、非業の死を遂げるか、もう一つ上の世界に上昇するかだ。過剰な力は、この世界の混沌と不条理を解消することができるが、そのあとの平和と静謐の時代にはやっかいなものになる。なので、排除される。
 ここでは、まったく別の解が与えられる。ゴライス12世の指にはウロボロスの指輪がはめられていることを思い出せば、それは納得するだろう。これ以上はいわない。

 

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 この本を四半世紀前に読んでから、当時はやっていた「ソード・アンド・ソーサリー(剣と魔法)」のファンタジーは一切読まずに現在にいたる。本書のこれほどのおもしろさを超えるのは不可能であるからだ。「魔法」なる超越的な力で困難と危機を乗り越えるのは邪道にほかならない(と偏見をさらす)。なので、興味は、1922年出版のこの作品とねっこをいっしょにする中世の騎士物語に向かい、数百年前に書かれた物語の世界に浸ったのであった。
 もちろんこの大作にケチを付けようと思えば、いくらでもできる。それでもなお、この作品が魅力的であるのは、ことばのみによって、現実を忘れさせる世界を構築していることであって、その精緻で魅惑的な場所にはいることで浮世の憂さを晴らすのにこれ以上の贅沢な時を過ごさせるものはないからだ(ほかにもそういう傑作、奇書、怪作はたくさんある)。

 

<参考エントリー>
イギリス古典「ベーオウルフ」(岩波文庫)
ブルフィンチ「中世騎士物語」(岩波文庫)
フランス古典「聖杯の探索」(人文書院)
ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-1
ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-2
ドイツ民衆本の世界」(国書刊行会)
ドイツ民衆本の世界6「トリストラントとイザルデ」(国書刊行会)
フランス古典「トリスタン・イズー物語」(岩波文庫)
「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(岩波文庫)

2016/03/29 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-1
2016/03/30 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-2
2016/03/31 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-3
2016/04/01 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-4
2016/04/04 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-1
2016/04/05 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-2
2016/04/06 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-3
2016/04/07 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東京創元社)-1
2016/04/08 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東京創元社)-2
2016/04/09 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東京創元社)-3

エリザベス・フェラーズ INDEX

2020/03/23 エリザベス・フェラーズ「その死者の名は」(創元推理文庫) 1940年
2020/03/20 エリザベス・フェラーズ「細工は流々」(創元推理文庫) 1940年
2020/03/19 エリザベス・フェラーズ「自殺の殺人」(創元推理文庫) 1941年
2020/03/17 エリザベス・フェラーズ「猿来たりなば」(創元推理文庫) 1942年
2012/04/06 エリザベス・フェラーズ「私が見たと蠅は言う」(ハヤカワ文庫)