良かれ悪しかれ、自分の探偵小説の知識は九鬼紫郎「探偵小説百科」(金園社)に基づくのであって、そこには1975年までの出来事までしか書いていないから(その年に初版出版)、それ以後のことは良く知らない。
イギリスでは本格小説の書き手や大学教授が余技として探偵小説を書くことが多かった。そういう例はこの国にもある。上記の本によると、「純文学」を書きながら探偵小説に手を染めた人として坂口安吾や新田次郎、福永武彦らの名前があったが、確か大岡昇平の名前はなかったはずだ。だからこの文庫本の背表紙を見つけたときは大いに驚いた。
収録作
お艶殺し/春の夜の出来事/驟雨/真昼の歩行者/秘密/疑惑/盗作の証明/夕照/最初の目撃者
作品は1950年代と1970年代後半に集中して書かれている。後年のもののほうが面白い。ここでは舞台が文壇であって、ある種の暴露的な興味に魅かれるところがあるからだ。とはいうものの、探偵小説のできとしては、上記の作家にははるかに及ばず、アマチュアの手慰み程度のものだ。これは著者が膨大なデータを整理し、冷静な文章で事件を正確に再現していく手法を開発しているからで、途中の地の文が新聞記事か警察調書のような味気ない筆致になっている。その説明的な文章と、古めかしい会話で進む物語は、第2次大戦はおろかその前の大戦前に書かれた探偵小説を思わせる。
だから著者の探偵小説趣味は、このような作品では成功することがなく、「事件」のような実際の事件を元にして、事実の羅列から「真実」を暴き出していく作品のほうで成功しているといえるのだろう。
それにしても、第2次大戦後に小説や評論を書き出した人がそろって探偵小説を好み、実作を行ったという事実が興味深い。彼らをして夢中にさせる文学的な「方法」がこのジャンルに含まれていたに違いない。
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作者のミステリ好きはフィリピンの俘虜収容所にいた時にも発揮された。
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