odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2024-01-01から1年間の記事一覧

高橋和巳「孤立無援の思想」(旺文社文庫)「人間にとって」(新潮文庫) 民衆との運動でも孤立無援を感じるエリート知識人。

大学教員をしながら大長編を書き、そこに大量の随筆・随想を書いていたから、高橋和巳は忙しすぎたのだよなあ。資料を読むこむ時間も、題材を深く考える時間もなくて、どのレポートも不十分なのだ。たとえば、「人間にとって」には「現代思想と文学」「戦後…

高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-1 皇国イデオロギーに抵触する新興宗教集団は「憂鬱なる党派」であり破滅することが定められている。

明治の半ばに、神懸かりになった中年女性が救霊の啓示を受け、人救いの道に入る。彼女の人柄に惹かれた人々が入信し、ある被差別部落が部落を上げたりして参加した。そしてやりての中年男性が教組に拾われ、幅広い信仰運動を始める。最初は(たぶん)奈良県…

高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-2 人に言えない秘密を持つ少年は常に苦労を背負うように、罰せられるように行動を選択する。

2024/03/07 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-1 皇国イデオロギーに抵触する新興宗教集団は「憂鬱なる党派」であり破滅することが定められている。 1966年の続き 前の要約は、教団の第1から第2世代の大人たちの物語。組織にがんじがらめになって、…

高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第2部 挙国一致の翼賛体制で大衆・庶民は政治参加する楽しみを得る。窮乏による不満と不安はマイノリティにぶつけられる。

2024/03/07 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-1 皇国イデオロギーに抵触する新興宗教集団は「憂鬱なる党派」であり破滅することが定められている。 1966年2024/03/05 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第1部-2 人に言えない秘密を持つ少年は常に苦労…

高橋和巳「邪宗門 下」(新潮文庫)第3部 大日本帝国の罰と責任を引き受ける宗教集団による「本土決戦」。

2024/03/04 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第2部 挙国一致の翼賛体制で大衆・庶民は政治参加する楽しみを得る。窮乏による不満と不安はマイノリティにぶつけられる。 1966年2024/03/04 高橋和巳「邪宗門 上」(新潮文庫)第2部 挙国一致の翼賛体制で大衆…

高橋和巳「我が心は石にあらず」(新潮文庫) 地方エリートはホモソーシャル社会の競争で勝ち続けようとして威張り、脱落すると女性に依存する。

前作「悲の器」で法科系エリートを虚仮にした作家、今度は組合活動家を虚仮にする。という方向で読んだ。 特攻隊になったが一命を永らえた学生は機械工学の技術を得て、地元の機械製造会社の研究員となっている。欧米の高額な特許料を払うのも片腹痛いという…

高橋和巳「日本の悪霊」(新潮文庫)-1 狡猾な容疑者を中年警官が追いかけるサスペンス巨編。

高橋和巳の小説は書かれた思想に注目が集まるのだが、本書ではサスペンスに注目。すなわち、とある家に闖入し金品を要求して少額の紙幣を奪取した男がいる。よくある間抜けな強盗事件に思えたが、担当した警官は巧妙な仕掛けではないかと疑う。調べると、彼…

高橋和巳「日本の悪霊」(新潮文庫)-2 他人嫌悪のミソジニー男性が革命に失敗し庶民から疎外され、行き場を失う。

2024/02/27 高橋和巳「日本の悪霊」(新潮文庫)-1 狡猾な容疑者を中年警官が追いかけるサスペンス巨編。 1969年の続き 容疑者・村瀬は朝鮮戦争のころに大学生であった。入学当初から鬼頭を名乗る元坊主が始動する革命組織に加入していた。彼らは武装革命を…

高橋和巳「堕落」(新潮文庫) 成功した社会起業家も性加害を反省しなくてだいなし。

40歳になる前に夭逝した作家のほとんど最後の作品。この後京都大学文学の教授になる大学闘争の調停に消耗し、がんを患って亡くなってしまった。多忙と多筆は想像力を枯渇させたのか、この中編はそれまでに発表した長編をつまみぐいしてこしらえた。 青木隆造…

高橋和巳「わが解体」(河出文庫) 自分を孤立者と規定する作家はさまざまな問題を一人で抱え、一人で解決しようとする。

高橋和巳は自分を孤立者、単独者としてみていて、さまざまな問題を一人で抱え、一人で解決しようとする。そこには強い責任感があるが、他人に開かれていないのでユーモアやゆとりがなくて、近寄りがたさを感じる。 わが解体 ・・・ 1970年の状況。数年前から…

河出文芸読本「高橋和巳」(河出書房)-1 若い人にはウケたが、年上の人は批判的だった「苦悩教」の作家。

俺は高橋和巳の小説は日本の教養主義者を描いたものだと思う。日本の教養主義は以下のアイデアに基づく。なので、小説やエッセイの主題になっている社会主義と共産主義運動、組織論、政治と文学はかっこにいれたほうがよい。なにしろ21世紀にはそれらの運動…

河出文芸読本「高橋和巳」(河出書房)-2 「議論はブッキッシュで空疎な一般論におちてい」った。

2024/02/20 河出文芸読本「高橋和巳」(河出書房)-1 若い人にはウケたが、年上の人は批判的だった「苦悩教」の作家。 1980年の続き 没後に編集された高橋和巳評。 座談会 高橋和巳の文学と思想(大江健三郎/小田実/中村真一郎/野間宏/埴谷雄高) ・・・ 作…

貝塚茂樹「中国の歴史 上」(岩波新書)-1 古代から春秋戦国まで。宗教都市国家が官僚制国家に成長する。

中国の歴史は断片的にしか知らないので手軽な通史を読む。高校生時代に、この3巻を通読したとはいえ、半世紀近くたっているとなると、初読に等しい。また1964年初出なので、学問的には不備があるはず。とくに考古学などの科学的知見に乏しい。本書でも上巻…

貝塚茂樹「中国の歴史 上」(岩波新書)-2 秦・漢から三国志の時代まで。都市国家連合から官僚による専制国家が誕生。

2024/02/16 貝塚茂樹「中国の歴史 上」(岩波新書)-1 古代から春秋戦国まで。宗教都市国家が官僚制国家に成長する。 1964年の続き 中国の歴史の中でも最も人気がある「史記」と「三国志」の時代。たいていはパワーゲームや戦略・戦術に目を奪われるようだ。…

貝塚茂樹「中国の歴史 中」(岩波新書)-1 五胡十六国・南北朝から隋・唐まで。中国はいつも人口過剰なので、労働生産性をあげたり機械化する意欲に欠けていた。

2024/02/15 貝塚茂樹「中国の歴史 上」(岩波新書)-2 秦・漢から三国志の時代まで。都市国家連合から官僚による専制国家が誕生。 1964年の続き 最初のミレニアム期を駆け足ですぎる。前半は国がころころ変わるので、高校の歴史でもあっさりと通り過ぎるとこ…

貝塚茂樹「中国の歴史 中」(岩波新書)-2 五大十国・宋から元まで。同じ中国文化圏のなかで分裂と統合を繰り返す。

2024/02/13 貝塚茂樹「中国の歴史 中」(岩波新書)-1 五胡十六国・南北朝から隋・唐まで。中国はいつも人口過剰なので、労働生産性をあげたり機械化する意欲に欠けていた。 1969年の続き 古代中国史の泰斗も、中世になると学識は及ばないのか、平坦な記述に…

貝塚茂樹「中国の歴史 下」(岩波新書) 明と清から中華人民共和国まで。世界史に中国が登場する。

2024/02/12 貝塚茂樹「中国の歴史 中」(岩波新書)-2 五大十国・宋から元まで。同じ中国文化圏のなかで分裂と統合を繰り返す。 1969年の続き 明から中華人民共和国の建国までの600年を新書一冊で取り上げるのは無理がありすぎた。そのうえ、著者はこの時…

トマス・ナルスジャック「贋作展覧会」(江戸川小筐訳) これまで紹介されなかったのもしゃーないなというでき。

トーマス・ナルスジャックの第1作で、全編がパロディという異色作。ハヤカワポケットミステリでは21編中の7編が訳出された。 odd-hatch.hatenablog.jp 有志が未訳短編を訳していた。そこにある3編を読む。労多謝。(感想のあとのURLは翻訳を公開しているペ…

島田荘司「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(光文社文庫) ワトソンと漱石の手記が交互に出てくる編集。イギリス人のレイハラやマイクロアグレッションに漱石は悩まされる

1901年、ロンドンの下宿屋で奇妙な事件が起こる。ある婦人が生き別れの弟を見つけ出し、同居を始めたが弟は変人で奇人になっていた。東洋から持ち帰った仏像や甲冑を室内に入れているが、決して他人に触れさせない。その上部屋の暖炉に火を入れないし、食事…

法月綸太郎「法月倫太郎の新冒険」(講談社文庫) もう本格ミステリはパロディやパスティーシュとしてしか成立しない、そのことを再確認した知的蕩尽の短編集

1999年にでた第3短編集。でたばかりのノベルスをすぐ買ったはずなのに、中身をすっかり覚えていなくて、今回の文庫は再読とはいえまったく初読に等しい。何も思いだせなかった。 背信の交点 1996.10 ・・・ 信州からの帰りで「あずさ68号」に乗っていると、…

東野圭吾「超・殺人事件 推理作家の苦悩」(新潮文庫) 作者と読者が小説内存在にされると可能になる「トリック」集成

2001年の作。推理作家が推理小説を書いている、あるいは読者が推理小説を読んでいると、さまざまなトラブルと誘惑とアドバイスがやってくる。その先にある売れ行きと賞賛の期待ないし落胆。推理作家はほんと、つらいよ。 超税金対策殺人事件 ・・・ 大いに売…

有栖川有栖「乱鴉の島」(新潮文庫) 乱歩「パノラマ島綺譚」1925年のパスティーシュを2006年に書く。なんか意義ある?

ちょっとハードな読書をしていたので(ジェイムズ・ジョイスを集中的に読んでいる)、息抜きに「孤島もの」の探偵小説に手を出す。ストーリーは常に一緒で、しかし無数のバリエーションがあるので、気楽に読めるのだ。 犯罪社会学者の火村英生は、友人の有栖…

柳広司「贋作『坊っちゃん』殺人事件 」(集英社文庫) 政治的に中立な人が探偵すると権力のスパイになる

前回の初読で大感激した。それから14年。もういちど同じ気分を味わおうと、再読した。サマリーは前回の感想を参照。 odd-hatch.hatenablog.jp 幻滅、失望。 理由はふたつある。 ひとつは漱石の小説を全部読み直したこと。その結果、夏目漱石も坊ちゃんもこの…

柳広司「百万のマルコ」(集英社文庫) 「2分間ミステリー」と枠物語が反転する快感。

イタロ・カルヴィーノ「マルコ・ポーロの見えない都市」(河出書房新社)の語り手がヴェネチアの牢に入っていると思いなせえ。そこには身代金を払えずに期限のない収容に退屈しているものらがいる。ある時、最も汚いぼろを着たマルコが不思議な話をする。それ…

赤川次郎・有栖川有栖他「金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲」(角川文庫) 日本的なあまりに日本的なキャラとパスティーシュ

ときには、古めかしい謎解きものを読みたいと思って(形式がはっきりしているから読んでいて筋に混乱することがないのだ)、アンソロジーを手にする。2002年初出、2014年文庫化。 金田一耕助のパスティーシュ。都築道夫によると、「名探偵のパスティーシュの…

テッド・リカー「シャーロック・ホームズ 東洋の冒険」(光文社文庫) 失踪中のホームズはイギリスのスパイエージェントだった!?

「最後の事件@回想」1891年から「空家の冒険@帰還」1894年の間、ホームズは失踪していた。のちにインド、ネパール、チベットなどを放浪していたことがわかる。その間に手掛けた事件をジョン・ワトソンは残さなかった。しかし、「テッド・リカー」が1960年代…

ミステリー文学資料館編「シャーロック・ホームズに愛をこめて」(光文社文庫) たしかにホームズはミソジニストだが21世紀に踏襲することはないでしょう。

日本のホームズパロディは1980年までは低調だったが、その後急速に増えた。一度1980年代に河出文庫でアンソロジーをつくったときは2巻でほぼ全作を網羅できたが、その後多数でてきたので2010年に再度編み直した。本書の続巻「2」も出ている。とのこと(編者…

山口雅也「キッド・ピストルズの醜態」(光文社文庫) 古い形式や趣向を21世紀に生き延びさせようとするレトロな志向の短編集

キッド・ピストルズの説明は下記を参照。本書は2010年に出た第6作なので、とても息の長いシリーズだ。例によってマザー・グースの歌詞の通りに事件が起きる。2019/11/1 山口雅也「キッド・ピストルズの冒涜」(創元推理文庫) 1991年 だらしない男の密室 ・…

山口雅也「落語魅捨理全集 坊主の愉しみ」(講談社文庫) 全編を暗記して復唱すれば落語として上演できそう。

落語はのなかには不可能な謎が現れることがある。落語では落ちをつけるので謎はそのまま放置されるのだが、ミステリーマニアには合理的な解決をつけたいと思うものがいる。と言って知っているのは都筑道夫の「なめくじ長屋」第5巻きまぐれ砂絵がそう。副題…

アンブロズ・ビアズ「いのちの半ばに」(岩波文庫) 他人と大衆が嫌いなペシミストはバッドエンディングを夢想する

本書は1891年にでた短編集から7編を集めたもの。解説には書いていないが、米版は増刷されるときに、収録作の入れ替えがあったようだ。「ふさわしい環境」には蓄音機が登場するので、1900年代ゼロ年代の作とわかる。 ビアズは1842年生まれなので、年がいって…