odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

エドワード・D・ホック「大鴉殺人事件」(ハヤカワポケットミステリ)

 アメリカ探偵作家クラブ(MWA)は、この本を読むと、作家の親睦団体で、会費を取って事務員を雇い、地区ごとの定例会に年会を開催しているのだな。そこで優秀作品その他の賞を選定している。1945年に始まって現在に至るから、この国でも「MWA賞受賞作品!」というマーケティングが有効になっているみたい。

 さて、1969年の著者長編第1作はMWAの年会を舞台にしている。エラリイ・クイーン、クレイトン・ロースンレッスク・スタウト、ブレット・ハリディ、ケネス・ミラー(筆名ロス・マクドナルド)、マーガレット・ミラー、サンテッセンなど実名の作家・編集者が登場し、そこに作者の想像した人物が同じところにいる。まあ、実写フィルムのなかにアニメの人物が登場し、アニメの人物だけで物語が進行するという具合。登場人物のレベル(というタームであっていたかな)を複雑にして、現実と物語の境目をあいまいにしている手法、といえる。
 さて、ストーリーはMWAの年次総会で、ミステリー好きを公言している有名なTVキャスターに読者賞を与えた。スピーチの最中、22年前の事件を語ろうとしたとき、マイクに仕掛けられた銃が発砲。弾丸が口に打ち込まれる。彼はMWAの賞品である大鴉の像を壊して亡くなった。その夜に、あるラジオ局の深夜番組にミステリ作家や編集者が集まって、ミステリー談義。そのとき情報提供を求む、と放送したら、反応があった。翌朝、通報者の老婆(とはいえ50歳か)にあうと、金を要求する。しかし、22年前に銀行強盗と誘拐があったということがわかり、犯人は「シーザー」と「大鴉(もちろんレイヴェン)」と呼び合っていたという事実がわかる。昼過ぎに警官といっしょに再訪したら、老婆は絞殺されていた。このように事件の輪郭はわかったものの、「大鴉」が何を指しているのかわからない。普通の人が思うようなポーの「大鴉」でもないしディケンスの「バーナビー・ラッジ」の鴉でもない。ではなんでしょう。
 被害者にとっては自明のことであって、関係者の無知のためにわかのわからなくなったダイイング・メッセージ。とてもブッキッシュな回答なので自分は面白がることができるけど、1969年から22年前の流行本を知らないといけないというのは敷居が高いなあ。
 こんな具合に黄金時代のミステリ風であっても、謎の仕掛けは比較的単純。MWAの年次総会を開いたホテルの中だけで訊問の執拗な描写をすることもしない。そこで、まずハードボイルド風の味付けを加える。すなわち社会的弱者を登場し、そのルサンチマンを描く。一方には貧困層から抜け出して成功したもののその基盤の弱さのために汲々としている成り上がりを置く。探偵はふたつの階層をいったりきたりして、社会の問題を暴くことになる。ホックだとこういう社会的リアリズムの描写は苦手と見える。もうひとつは、若い独身男女の恋愛。面白いのは、最初のデートの行先が独身女性の一人暮らしの部屋で、自然と寝てしまうところかな。ここは時代のせいかしら。
 どうも長編はうまくない。自覚したのか、1975年までに5作ほど書いて、あとはほぼ短編に専念。

大鴉殺人事件 (Hayakawa pocket mystery books)

大鴉殺人事件 (Hayakawa pocket mystery books)