odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

アイスキュロス「テーバイ攻めの七将」(KINDLE) オイディプス神話の一部となる悲劇。攻城戦の描写は当時のスペクタクル演劇の趣き。

 この悲劇はオイディプス神話に含まれるもの。先に読んだソポクレスでいえば、「コロノスのオイディプス王」で少し触れた出来事の後に起きたことで、「アンティゴネ―」はこの悲劇の後半に重なる。ただし、アイスキュロスオイディプス神話はソポクレスのとは少し違う。ギリシャ悲劇では神話を取り上げることが多いが、必ずしも伝承通りではなく、作者が創作することが認められていた。


 さて、オイディプスは先王ライオスを殺し、実母イオカステと結婚し、4人の子供を産んでいた。兄エテオクレス、弟ポリュネイケス(ソポクレスでは兄弟の名は逆)、姉アンティゴネ、妹イズメーネ。テーバイの都には過去の王ライオスを殺したものを追放しなければならないという呪いがあった。父殺しと母子婚の罪を犯したオイディプスはテーバイの都から追放され二度と帰ってはいけないという呪いをかけていた。この呪いはとても強力である。アイスキュロス版では盲目の父を息子兄弟が殺し、一年おきに王位を交代していたが、不満なポリュネイケスが亡命して他国軍の支援を受けてテーバイを攻めようとしている。以上前史。
 アイスキュロスには本悲劇のほかに「ライオース」「オイディプース」を作って三部作にしたようだが、この二作は失われた。そこに前史がもっと詳細に描かれたのだろう。
 テーバイはポリュネイケス軍に包囲されている。大将エテオクレスは籠城する者どもを激励し、夜襲に備えよと命じる。テーバイの都には七つの門がある。ポリュネイケスの軍は門を攻め落とそうと、強力な将軍を当てた。使者が攻め手の将軍がわかったと報告すると、エテオクレスは相手の将軍の力量を即座に読み取り我が軍から名うての将軍を指名する。人びとは歓喜し、熱狂する。これが6つの門について繰り返される。現代の史劇映画やアクション映画でも、こういうシーンが現れる。敵が強いことを示しながら、それ以上の強い味方がいるのだと兵士や人びとを鼓舞する。意気が上がる。闘志がわく。連帯感が生まれる。大将を信頼する。アイスキュロスの悲劇はこの効果を生んでいる。紀元前四〇〇年代の娯楽とテクノロジーの乏しい時代、舞台には二人の俳優と十二人のコロス(アイスキュロスの時代のコロスは12人に制限されていた)しかいなくとも、とてつもないスペクタクルな見世物だったのではないか。そこには愛郷心愛国心を掻き立てる政治的な効果もある。
 第七の門を攻めているのはポリュネイケスだと使者が伝えたところで、エテオクレスは態度を一変。近親だからこその深い憎しみは、自ら門の戦いに自分が行くことを決める。当時の市民の義務が戦士であることなので、これは当然。しかし大将が出ていくことはあるまいと長老たち(コロス)は諫める。テーバイの呪いが降りかかることを恐れているのだ。実際、コロスの制止を振り切って出ていったエテオクレスはポリュネイケスと刺し違えて相たがいの死ぬことになるのであった。
 そこにアンティゴネとイズメーネが来て二人の兄弟が死んだことを嘆く(ここでは二人は短い言葉を投げかけあい、たがいにセリフを食い合うようなやりとりになる。とても効果的と思うが、学者によると、後世の編集ミスか追加されたかだとのこと。以後のシーンも後世の追加とみる学者もいる。)
 使者が来て、評議会(紀元前五〇〇年ころにソロンの改革で作られた)がエテオクレスを弔い、ポリュネイケスは放置しろ(鳥が喰うままにしろ)と決定したと伝える。反逆者への懲罰であり、呪いがかけられることを恐れたのか。アンティゴネはそれに抗議し、自分が弔うと熱望する。コロスは不吉なことをいうと恐れるが、次第に熱意にほだされ、アンティゴネが弔うことに従う。それは評議会に反逆することであるが、正しい行為であるかどうかは議論されない。そこはソポクレスの「アンティゴネ」と比べると不十分。舞台にアンティゴネと使者がいるが、俳優二人というしばりがあるので、彼らを批判するもう一人を登場することができなかった。コロスはアンティゴネに同意してしまったし、使者は口上を述べる以上の権限をもっていない。性格が強いキャラがいると引きずられてしまう。議論を作れなかったのだ。ソポクレスの俳優三人という改革は対話(ダイアローグ)をするのにふさわしい。クレオーンという市民の権力の代弁者が強硬に評議会の決定に固執したので、議論が白熱し深堀りされたのだった。
 アイスキュロスの悲劇は単純で力強い。コロスが能動的で、善悪の判断や徳の在り方に意見を述べる。キャラと対等になってドラマを進める。かわりに対話(ダイアローグ)と議論は不足。

 

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