odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2020-01-01から1年間の記事一覧

アガサ・クリスティ「親指のうずき」(ハヤカワ文庫) タイトルは「マクベス」由来。タペンスの好奇心は隠したい秘密を暴いて人々を不安にさせる。

なるほど、クリスティがハードボイルドを書くとこうなるんだ、という感想。本書初出の1968年から12年もたつと、離婚し独立して拳銃をしのばせて街をうろつく女性私立探偵がでてくるものだが、この時代ではまだ独力で暴力に対抗するまでには至らない。それで…

アガサ・クリスティ「復讐の女神」(ハヤカワ文庫) マープルはお茶目で世話好きでおしゃべりなおばあちゃんから神話的な「復讐」の実現を確認する形而上的な立場に立っている。

80歳になったミス・マープル(著者クリスティも同じ年齢)は、リューマチで手がこわばり、きびきびと動くことはかなわない。なにより友人や知り合いはことごとく世を去り、おしゃべりを楽しむ相手はいない。セント・メアリー・ミードで村人を観察する喜びは…

アガサ・クリスティ「象は忘れない」(ハヤカワ文庫) ポアロはかつての嫌味やひがみ、誇大な自尊心が影を潜め、人間性の詮索をすることもない。人間への興味をほとんどもたなくなってしまった。

探偵作家のアリアドニ・オリヴァは、奇妙な依頼を受けた。名付け親になった(その事実すら記憶はおぼろ)シリヤの結婚のことだが、彼女の両親は12年前に心中事件を起こしている。その際、父が母を撃ったのか、それとも母が父を撃ったのか明らかにしてほしい…

アガサ・クリスティ「カーテン」(ハヤカワ文庫) 作者死後に発表するはずだったポアロ最後の事件。過去の5つの殺人事件の見直しと私的制裁の是非。「そして誰もいなくなった」1939年を引き継ぐ。

「ポアロ最後の事件」。もともとは作者死後に発表するはずであったが、存命中の1975年にでた。すぐに大評判になり、この国でもハードカバーで翻訳され、ベストセラーになった。漠然とした記憶だが、新聞に大きな広告が出たと思う。 ヘイスティングスは最初に…

アガサ・クリスティ「スリーピング・マーダー」(ハヤカワ文庫) 作家が50代に書いたミス・マープル最後の事件。オイディプスでアガメムノンのような神話的な構造とストーリー。

俺くらいの年齢になると、クリスティが亡くなったときの報道を覚えているし、死の数年後にでたクリスティ読本をもっていたりする。亡くなる前年にポワロ最後の事件「カーテン」がでて、もうひとつミス・マープルものの長編が出るだろうというのも覚えている…

日本古典「中世なぞなぞ集」(岩波文庫) 中世日本の知識人階級の言語遊戯集。偏見や差別がないのはこの国の小噺集ではとても珍しい。

「なぞ」とは「何ぞ」という問いかけの言葉に由来する、とのこと。本書で言えば「天狗のなみだ、何ぞ」と問いかけ、相手はその答えを考えなければならない。こういう言語遊戯の由来や起源を詮索しても詮無いことであるが、古代からすでにあるという。もとは…

浜田義一郎「にっぽん小咄大全」(ちくま文庫) 日本の小噺はシステムや共同体にこもってぬるま湯にあるものが、その外にいるものを馬鹿にし、虚仮にし、嘲笑するものばかり。日本人の愚劣さ、度し難さはこういうところに現れる。

言文一致にかんする面白い記事を読んだ。2018年8月11日朝日新聞書評欄の座談会。すなわち、福沢諭吉が英国のスピーチをみて感激。スピーチで社会をうごかすために1875年5月1日に三田演説館を作った。福沢の演説を見た講談師の松林伯圓(しょうりんはくえん)…

三浦靱郎「ユダヤ笑話集」(現代教養文庫) 差別を受けてきた人たちの秀逸なジョーク集。だがイスラエル建国以降、ユダヤジョークは死んだ。

関楠生「わんぱくジョーク」(河出文庫)やポケットジョーク「1.禁断のユーモア」(角川文庫)がネーション―ステートを持っている側の笑いであるとすると、こちらのジョーク集はネーション―ステートを持たない側の笑い(強者の笑いはアレン・スミス「いたず…

平井吉夫「スターリン・ジョーク」(河出文庫) 監視国家で作られたジョーク集の傑作。スターリン時代のソ連は21世紀の日本みたい。

俺が記憶している1980年までは、ソ連と東欧の情報はほとんど入らなかった。漏れ伝わるところからわかるのは、硬直した官僚制と不合理で商品と貨幣不足で停滞した社会主義経済体制、すさまじい監視と社会運動の弾圧くらいだった。映像で伝わるのは政治家や芸…

関楠生「わんぱくジョーク」(河出文庫) ドイツのジョークは理詰めの笑い。問いかけをした人の文脈やマナーを無視するが別のルールに則っているのが笑いを生む。

1986年に文庫化された小話集。原本は1977年に刊行されたドイツのジョーク集。タイトルには子供がついているけれど(ドイツ語版も)、他のジョークも入っている。 複数回目の読み直しなので、爆笑するまでにはいかなかった。ジョークの落しに笑うよりも、別の…

ボブ・ウォード「宇宙はジョークでいっぱい」(角川文庫) アポロ計画のストレスをジョークで発散。黒人差別と女性差別は「ジョーク」にされていた。

1980年ごろに出版されたジョーク集。この本が翻訳されたのは、NASAを見学した訳者が見つけたのがきっかけだという。NASAの宇宙計画のファン、マニアであった訳者だからこそ、このようなインサイダー向けの本をみつけたのだし、当時進行中のスペース・シャト…

坂根巌夫「遊びの博物誌 1・2」(朝日文庫) ファインアートとカウンターアートの間にある広大な領域に科学とテクノロジーのアートを見出す。

文庫は1985年に出たが、もとは1975年から翌年にかけて朝日新聞日曜版に連載されたもの。楽しんで読んでいたので、紙面を覚えています。 「遊び」というからもちろん玩具も出てくるけど、自分が楽しかったのは西洋近世と日本の江戸時代のだまし絵やトリックア…

夢野久作 INDEX

2020/06/11 夢野久作「街頭から見た新東京の裏面」「東京人の堕落時代」(青空文庫) 1924年2020/06/09 夢野久作「日本探偵小説全集 4」(創元推理文庫)「瓶詰の地獄「氷の涯」「死後の恋」「爆弾太平記」 2020/06/08 夢野久作「少女地獄」(角川文庫)「…

夢野久作「街頭から見た新東京の裏面」「東京人の堕落時代」(青空文庫) 福岡に残された京風貴族文化からみた東京の野蛮で閉鎖的な新興文化批判

夢野久作は1923年、関東大震災の一年後に地方新聞の記者として東京を訪れた。1889年生まれなので当時34歳。「勤倹尚武思想を幾分なりとも持っている明治人は、科学文明で煎じ詰められた深刻な享楽主義をとても理解し得ない」と考える夢野は、取材の末に東京…

夢野久作「日本探偵小説全集 4」(創元推理文庫)「瓶詰の地獄「氷の涯」「死後の恋」「爆弾太平記」 植民地を舞台にしたのに日本人しかでてこない探偵小説

創元推理文庫の「日本探偵小説全集」に収録された中短編を読む。併録の「ドグラ・マグラ」は別のエントリーで。 瓶詰の地獄 1928.10 ・・・ 「神様からも人間からも救われ得ぬ」二人の若者の漂流譚。ロビンソン・クルーソーは聖書を読んで孤島を社会にしたが…

夢野久作「少女地獄」(角川文庫)「あやかしの鼓」「押絵の奇蹟」「冗談に殺す」「悪魔祈祷書」 九州男児のミソジニー(女性蔑視)で書かれた探偵小説

青空文庫で夢野久作を読む。タイトルはかつて読んだ角川文庫を使った。文庫の収録作と以下のリストは一致しない。あしからず。 あやかしの鼓 1926.10 ・・・ 先祖の名人が鼓の名器を作って奉納した。その妖しい響きは受け取った夫婦に悲劇をもたらした。以来…

三大奇書 INDEX

2022/03/02 国枝史郎「ベストセレクション」(学研M文庫)「レモンの花の咲く丘へ」「大鵬のゆくえ」 1910年2022/2/28 国枝史郎「蔦葛木曽桟 上」(講談社文庫) 1922年2022/02/25 国枝史郎「蔦葛木曽桟 下」(講談社文庫) 1922年2022/02/24 国枝史郎「沙漠…

夢野久作「ドグラ・マグラ 上」(角川文庫)-1 なんらの社会との関係をもてない男は自己同一性の懐疑にとらわれる。自我に固執する「私小説」を裏返した自分探しの探偵小説。

夢野久作が完成に10年を要し、1935年に自費出版で世に問うた畢生の大作。自分は好みではないので使わないが、「三大奇書」と呼ばれ、その中でもとくに難解といわれている。読破できないとか、理解できないとか言われている。そうか?という疑問をもったうえ…

夢野久作「ドグラ・マグラ 上」(角川文庫)-2 心理遺伝、脳髄論、胎児の夢などの夢野の奇怪な学問の多くはヘッケルの霊的進化論の借用

2020/06/05 夢野久作「ドグラ・マグラ 上」(角川文庫)-1 1935年 ここからは若林教授が読ませた原稿綴り。長いぞ、奇態な文章が続くぞ。たぶん多くの読者を挫折させた難所。 このパートは夢野の多彩な文体を楽しまなければならない。すなわち、「私」の標準…

夢野久作「ドグラ・マグラ 下」(角川文庫)-1 夢野の目論見は日本の怪談を最新知見と科学技術を使って探偵小説の形式にして書き直すことだったが、すぐに陳腐化したのは夢野の誤算。

2020/06/05 夢野久作「ドグラ・マグラ 上」(角川文庫)-1 1935年2020/06/04 夢野久作「ドグラ・マグラ 上」(角川文庫)-2 1935年 膨大な資料を読み終わると、目の前にいたのは正木教授。今は10月20日であるという。教授室から治療場を見下ろすと、そこには…

夢野久作「ドグラ・マグラ 下」(角川文庫)-2 自分が怪物であることを発見する探偵小説。最大の謎はだれが文書を編集したか。

2020/06/05 夢野久作「ドグラ・マグラ 上」(角川文庫)-1 1935年2020/06/04 夢野久作「ドグラ・マグラ 上」(角川文庫)-2 1935年2020/06/02 夢野久作「ドグラ・マグラ 下」(角川文庫)-1 1935年 というわけで、「ドグラ・マグラ」全巻が幕を閉じる。最後…

チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 人為的な選抜によって新しい種を作れるのだから、自然状態でも同じことが起きているに違いない。偶然におきた変異は子孫の残しやすさで種に定着していく。

ダーウィン「種の起源」1858年を読むのは35年ぶり、二回目。前回は長い長い記述にへこたれて、文字を目でトレースしただけだった。ダーウィンの考えはほとんど読み取れなかった。でも、進化論や科学史に興味があったので、そのあと今日までに、多数の進化論…

チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-2 自然淘汰は個体数の増加と(構造と行動の)多様化をもたらす。遺伝的浮動、性淘汰、地理的隔離、ニッチェ等のアイデアはすでにできていた。

2020/05/29 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年 リンネ、キュヴィエ、ビュフォン、ラマルクらの18世紀の博物学者やナチュラリストと、彼らより50年後のダーウィンの違いは、生物の知識が圧倒的に増大、地質学その他の他…

チャールズ・ダーウィン「種の起源 下」(光文社古典新訳文庫)-1 ダーウィニズム批判にダーウィン自身が答える。今もある進化論への難癖はすでに回答済。

2020/05/29 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年2020/05/28 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-2 1858年 上巻はダーウィンの考えの理論編。下巻(と上巻の一部)は自然淘汰説に対する難題への…

チャールズ・ダーウィン「種の起源 下 」(光文社古典新訳文庫)-2 種を固定したものとしてみるのではなく、生存闘争(競争)をおこない、繁殖で自然淘汰がおき、移動して新しい居場所を獲得し、個体数を増やすという空間的・時間的なダイナミクスとしてみる。生物は居場所を得るために変異しているので、完成や完璧はない。

2020/05/29 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年2020/05/28 チャールズ・ダーウィン「種の起源 上」(光文社古典新訳文庫)-2 1858年2020/05/26 チャールズ・ダーウィン「種の起源 下」(光文社古典新訳文庫)-1 1858年 …

エルヴィン・シュレーディンガー「生命とは何か」(岩波文庫) たくさんのあやまりと、大きな可能性を示唆した分子生物学や生物物理学のマニフェスト。その後の研究の筋道を作った

エルヴィン・シュレーディンガーの生涯と業績はリンク先を参照。20世紀前半の物理学者で、量子力学成立の立役者。 ja.wikipedia.org もとは1944年の講演。この国では1951年に岩波新書ででて、2008年に岩波文庫に入った。すなわち、岩波新書では最新の科学啓…

森田邦久「科学哲学講義」(ちくま新書) 「科学は信じられるか」という人に科学の方法と特徴と範囲を丁寧に説明する。

科学に信頼を置いているのは、科学の方法が日常生活で知識を得て正当化する方法を洗練させたものだから。でも、詳しく見ると「日常生活で知識を得て正当化する方法」がつねにいつでも正当化できるかというとあやしい。というわけで、そのあやしい理由を探る…

大塚久雄「社会科学における人間」(岩波新書) ロビンソンの個人の経済人、マルクスの類としての人間、ウェーバーの宗教的経済人を考える。

ウェーバー研究の泰斗が行った連続講演を書き起こしたもの。1977年。 序論 ・・・ 本書では人間類型論(行動様式、エートスとも)を検討する。理論的思考の中で、人間がどのように位置づけられ、関連付けられ、取り扱われるか。19世紀の先進国でつくら…

ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-1 漂着後の生活はプロジェクトマネジメントと個人経営ビジネス起業の見本

夏目漱石が低評価をくだしたデフォー(1660-1731)の小説を読み直す(夏目漱石「文学評論 3」(講談社学術文庫))。本文庫には「完訳」がうたわれているが、解説を見ると昭和の時代に文庫になったものも完訳としてよさそうだ。おそらく大きな異同はないは…

ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-2 神は直接ロビンソンに現れ、ロビンソンは差別的な植民地経営にいそしむ

2020/05/18 ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー(完訳版)」(中公文庫)-1 1719年 神を待ち望んでいたシモーヌ・ヴェイユの前に神は現れなかったが、ロビンソン・クルーソーの前には現われた。その神は慈愛に満ちた許すものではなく、不信心で徳行…